2007年08月31日
香港の猛者たち2
今回は2人の元オリンピック代表です。
一人目は ロ シュウ ウォン 。
以前に登場したケロケロケロッピーヘルメットで武装したいかつい男である。
彼はロス五輪代表で当時はマスタークラスでブイブイ言わしてました。
腕には大きな楽車の傷、アニマル浜口みたいな体格。見るからにスプリンター。
彼とはいずれ同じチームになりチームTTなどでレースを荒らしまわる事になる。
職業はクリーニング屋を経営しているらしい。愛車はレクサス(セルシオ)。
もう一人は ユ カウ ワイ 。
なかなかの色男でソウルオリンピック代表。
彼は私にとって暖かいお兄さんみたいな存在で、レースでしくじってイライラする
私をやさしくなだめてくれました。
でも実はムッツリスケベです・・・。
奥様は同じくソウルオリンピックの水泳代表のようで当時子供が生まれて喜んで
おりました、将来が楽しみですね~。
職業は香港ワコールの社員みたいで彼の伝でCMSチームにワコールがスポンサー
がつきました。
だんだん話が趣味の域にとどまらなくなったのもこの頃です。
そして私とこの2人とチームを組みチームTTで爆走してしばらくは無敵でしたね~
ただこの2人歳には勝てず無敵期間もあっという間に・・・・。
2007年08月31日
香港の猛者達
比較的簡単に勝てたのですが、それには訳があります。
それは王様がなかなか出てこないのです。
王様といえばアジアの虎、 ウォン カン ポー です。
なぜ出てこないかはナゾですが、本当にたまにしか出てこない。
彼の話は後にして、香港にもそこそこの(失礼!)選手がいました。
オリンピックにも代表を送り込めるレベルをもっているので(東京都くらいの広さしかな
いのに)レベルはそこそこだと思います。
香港では ウォン カン ポー が絶対でしたが、その影に隠れた選手もいました。
名前は マン ワイ チョン 、香港では実質のNO2,脚質はクライマーでしょうか、
私と同じ性質ですが特に際立った特技はない。
TTが速い訳でもなく、平地が速い訳でもなく、
でもレースの距離が長いほどその特質が現れる。
どちらかといえばスタミナ系のライダーでステージレース向けのライダーです。
ウォン カン ポー とまともに走れるのは彼くらいですね。
およそ自転車選手ではないような、どちらかといえばマラソンランナーみたいな
体格をしていて、性格はお笑い芸人のような感じ、
ウォン カン ポー と違い(でもなかったけど・)近づきやすいです。
職業は当時はピザハットの宅配のバイト、たまに宅配バイクでレースに現れ
終わればバイトに帰っていく。
当時はプロではなかったが、一時期生活苦(私の帰国後)から自転車やめたなんて
噂がありましたが最終的にはプロになったみたいです。
主な戦歴は知っている中で一番なのが、ツアー オブ サウスチャイナ
での2連続ステージ優勝でしょうか、アジアで行われるレースには
大体出ていたみたいです。
今は多分香港車連の職員(副職で)やっていてTOJにもメカニックで来ていました。
あの懐かしいアホっぽい(失礼!)笑顔がサポートカーの中に見えた時、
変ってないな~なんて思いました。
それは王様がなかなか出てこないのです。
王様といえばアジアの虎、 ウォン カン ポー です。
なぜ出てこないかはナゾですが、本当にたまにしか出てこない。
彼の話は後にして、香港にもそこそこの(失礼!)選手がいました。
オリンピックにも代表を送り込めるレベルをもっているので(東京都くらいの広さしかな
いのに)レベルはそこそこだと思います。
香港では ウォン カン ポー が絶対でしたが、その影に隠れた選手もいました。
名前は マン ワイ チョン 、香港では実質のNO2,脚質はクライマーでしょうか、
私と同じ性質ですが特に際立った特技はない。
TTが速い訳でもなく、平地が速い訳でもなく、
でもレースの距離が長いほどその特質が現れる。
どちらかといえばスタミナ系のライダーでステージレース向けのライダーです。
ウォン カン ポー とまともに走れるのは彼くらいですね。
およそ自転車選手ではないような、どちらかといえばマラソンランナーみたいな
体格をしていて、性格はお笑い芸人のような感じ、
ウォン カン ポー と違い(でもなかったけど・)近づきやすいです。
職業は当時はピザハットの宅配のバイト、たまに宅配バイクでレースに現れ
終わればバイトに帰っていく。
当時はプロではなかったが、一時期生活苦(私の帰国後)から自転車やめたなんて
噂がありましたが最終的にはプロになったみたいです。
主な戦歴は知っている中で一番なのが、ツアー オブ サウスチャイナ
での2連続ステージ優勝でしょうか、アジアで行われるレースには
大体出ていたみたいです。
今は多分香港車連の職員(副職で)やっていてTOJにもメカニックで来ていました。
あの懐かしいアホっぽい(失礼!)笑顔がサポートカーの中に見えた時、
変ってないな~なんて思いました。
2007年08月30日
Aクラス昇進!!
いつもどおりレースにエントリーして勝ちに行く・・・・(生意気言っております)。
そんな生活が続きシーズンが真ん中くらいに行った頃でしょうか、そんでまたレース。
でもその日はなにやら空気が違う、そうするとジャイアンが出走前に耳うちして、
今日のレースはゆっくり流しな・・・・」、
なぜ?と聞き返すと、「今日のレースに勝つとAクラスに昇進しちゃうぞ、
そうすると勝ちにくくなる」、
でもその助言は迷わず無視!
序盤からガンガン攻め、いつもどおり勝利!(生意気言っております)。
その頃少々物足りなさを感じていたのでちょうど良い機会でした。
ここからが本当の自転車生活の始まりでしたね。
最初のほうはトレーニング時間はそのままでトレーニングの
質を向上する事に勤めました。
1日1時間、30kmというのが売り??でした。
Aクラスにはやはりナショナルチームをはじめ猛者どもが蠢いておりました。
たしかに協議のレベルは上がったのですが勝つ事は難しくは無かったです、
比較的簡単に一勝をあげる事ができたと思います、ただ今までみたいに簡単には勝てず、
自分の弱点、不得意なパートが浮き彫りに。
まず、Bクラスにいた頃はどのレースも一生懸命走っていましたが、
次第にクリテリウムやポイントレースなどの平地のスピードのアップダウンの
激しいレースは不得意のようだ・・・・、
というわけであからさまに手を抜きはじめる・・・。
TTが得意で登りが得意で・・・・・、なぜ?平地がダメなの?とよく質問されるが。
恐らく自己中なのでしょう、他人のペースに合わせるのが嫌いなのです・・・・、
比較的TTも登りも安定した負荷で長時間踏めるので自分向け、
登りはアタックできないペースに誘い込むので仮にアタックがかかっても
容易につぶせました。
あと自分で分析するとやはり練習の仕方でしょうか。
平日はいつも一人で練習していたので(バスや車相手に・・・・)
やはりインターバルなどのトレーニングが甘くなってしまうのです。
練習は最低2人、人数が多ければ多いほど良いと思います。
当然弱点は徹底的に直しましたがやはり苦手でした。
そんな生活が続きシーズンが真ん中くらいに行った頃でしょうか、そんでまたレース。
でもその日はなにやら空気が違う、そうするとジャイアンが出走前に耳うちして、
今日のレースはゆっくり流しな・・・・」、
なぜ?と聞き返すと、「今日のレースに勝つとAクラスに昇進しちゃうぞ、
そうすると勝ちにくくなる」、
でもその助言は迷わず無視!
序盤からガンガン攻め、いつもどおり勝利!(生意気言っております)。
その頃少々物足りなさを感じていたのでちょうど良い機会でした。
ここからが本当の自転車生活の始まりでしたね。
最初のほうはトレーニング時間はそのままでトレーニングの
質を向上する事に勤めました。
1日1時間、30kmというのが売り??でした。
Aクラスにはやはりナショナルチームをはじめ猛者どもが蠢いておりました。
たしかに協議のレベルは上がったのですが勝つ事は難しくは無かったです、
比較的簡単に一勝をあげる事ができたと思います、ただ今までみたいに簡単には勝てず、
自分の弱点、不得意なパートが浮き彫りに。
まず、Bクラスにいた頃はどのレースも一生懸命走っていましたが、
次第にクリテリウムやポイントレースなどの平地のスピードのアップダウンの
激しいレースは不得意のようだ・・・・、
というわけであからさまに手を抜きはじめる・・・。
TTが得意で登りが得意で・・・・・、なぜ?平地がダメなの?とよく質問されるが。
恐らく自己中なのでしょう、他人のペースに合わせるのが嫌いなのです・・・・、
比較的TTも登りも安定した負荷で長時間踏めるので自分向け、
登りはアタックできないペースに誘い込むので仮にアタックがかかっても
容易につぶせました。
あと自分で分析するとやはり練習の仕方でしょうか。
平日はいつも一人で練習していたので(バスや車相手に・・・・)
やはりインターバルなどのトレーニングが甘くなってしまうのです。
練習は最低2人、人数が多ければ多いほど良いと思います。
当然弱点は徹底的に直しましたがやはり苦手でした。
2007年08月30日
自転車のこだわりとセッテイング
自転車に本格的に乗り始めて約16年、でも幽霊期間があるので10年くらいかな。
選手として走っていた時はとにかく化け物的な走りと練習をしていた。
だが、恐らく今、当時と同じトレーニングがこなせるならば、
当時より確実に速く走る事が可能だと思う。
というのも当時はとにかく体育会系トレーニングでガンガンいっていたが、
時間がたち力が衰えるといかに速く走るかを工夫するのである。
当時はポジションなんてなんも考えずに乗っていた。
要はカッコよければよかった、多少乗りにくくても自転車に体を合わせて乗っていた。
普通は逆である。
ただそれでも速く走れたのだ。(また生意気言っております)
幽霊期間を抜けいざ昔のポジションの自転車に乗ってみた時の感想は・・・、
何じゃこりゃ~!
だったような、よくもこんな恐ろしいポジションで乗っていたものだと逆に関心する。
それでも一番こだわっていたのがホイールです、
今はディープリムなる物がありこれをつけるとショボいフレームの自転車
でもカッコよくなるのです。
当時はZIIPのディープリムをレースで使ってました。
TTではHEDのディスクなどを組あわせとにかくカッコよさを追求していました。
逆にいえば性能の違いもわからないほど鈍感でした・・・、
今は大分解るようになりましたが、レースなどで負けるのは機材でなく
それに乗るエンジンの責任と今でも思っております。
今思うともうちょっとポジションやらメカ部門を(基本的以上な事はできます)
極めておけばアジアの虎にも勝てたかもしれません。
私はヒルクライムを得意としておりましたが壁のようなクライムをこなすときも恐らく
23Tなどは使わなく21Tを使っていたと思います(TT用はインナ-48T!!)、
コンパクトクランクなど無い時代なので今の選手は当時の選手より速く走れて
当たり前かな・・・・。(負け惜しみです・・・。)
今はポジションもギア比も当時から創造もつかないほどしっくりきていて
(F 50TX39T R 23TX12T)きもちよく回ります。
ちなみに当時は(F 53TX42Tor39TX21Tor19T)踏めません・・・。
選手として走っていた時はとにかく化け物的な走りと練習をしていた。
だが、恐らく今、当時と同じトレーニングがこなせるならば、
当時より確実に速く走る事が可能だと思う。
というのも当時はとにかく体育会系トレーニングでガンガンいっていたが、
時間がたち力が衰えるといかに速く走るかを工夫するのである。
当時はポジションなんてなんも考えずに乗っていた。
要はカッコよければよかった、多少乗りにくくても自転車に体を合わせて乗っていた。
普通は逆である。
ただそれでも速く走れたのだ。(また生意気言っております)
幽霊期間を抜けいざ昔のポジションの自転車に乗ってみた時の感想は・・・、
何じゃこりゃ~!
だったような、よくもこんな恐ろしいポジションで乗っていたものだと逆に関心する。
それでも一番こだわっていたのがホイールです、
今はディープリムなる物がありこれをつけるとショボいフレームの自転車
でもカッコよくなるのです。
当時はZIIPのディープリムをレースで使ってました。
TTではHEDのディスクなどを組あわせとにかくカッコよさを追求していました。
逆にいえば性能の違いもわからないほど鈍感でした・・・、
今は大分解るようになりましたが、レースなどで負けるのは機材でなく
それに乗るエンジンの責任と今でも思っております。
今思うともうちょっとポジションやらメカ部門を(基本的以上な事はできます)
極めておけばアジアの虎にも勝てたかもしれません。
私はヒルクライムを得意としておりましたが壁のようなクライムをこなすときも恐らく
23Tなどは使わなく21Tを使っていたと思います(TT用はインナ-48T!!)、
コンパクトクランクなど無い時代なので今の選手は当時の選手より速く走れて
当たり前かな・・・・。(負け惜しみです・・・。)
今はポジションもギア比も当時から創造もつかないほどしっくりきていて
(F 50TX39T R 23TX12T)きもちよく回ります。
ちなみに当時は(F 53TX42Tor39TX21Tor19T)踏めません・・・。
2007年08月29日
キングオブMTBクリテリウム
またまた衝動買いをしてしまった。(いつか忘れたが・・・・)その名は クライン アドロイト!!
いまはポリシーもこだわりもなくなった残念ブランド クライン
そのゲーリークラインがトレックに買収される数年前、最後?に送り出した
最後のアドロイト。
とはいうものの、当時は高ければよかったのかもしれない。
実際すごくいいバイクだったが。
当時クラインのラスカルをもっていたのでどうせ買うなら一番高いやつとの事で
アドロイトを購入した。
たしかキャッシュで89万だったようなきがした。
当時2シーズン目でまだBクラスにいた私はどのレースも一生懸命走っていた。
Aに上がってからは平地のレースが嫌いだったのでかなり手を抜くようになったが。
A,Bともに真面目?に走ったのがMTBクリテリウム、
当時はまだ前座レースであったが真面目に走った。
そしてこれだけは言える!
私は3シーズン連続のキングオブMTBクリテリウムである。
なんちゃって。
なぜかというと勝率10割だからです。
出るレースをすべて勝ちました。
そしていまのMTBクリテリウム(たぶんロードレースと一緒のイベントでやる
MTBクラス)に一言!
邪道だ!!
MTBに700Cのホイールをはいたらそれはロードバイクなんだよ!!
という訳で当時の香港のMTBクリテリウムのレギュレーションは26インチの
ブロックタイヤのみ可でした。
そうでなければMTBクリテリウムじゃないでしょう。
最初は圧倒的に勝っていた、以前オフで負けた ホイ ジャー ポー にも
勝ったしロードでAクラスに出てる人にも。
あるときは集団落車でその隙に逃げたロードでAクラスの奴を怒涛の追跡で
スプリントで刺したことも。
そんでハンディキャップ30秒後スタートでも追いつき勝ったことも。
結局どんな状況からもすべて勝てた。
まあ、あの時、前の集団が協力してペースを上げてば勝てたかもしれないのに・・・・、
まさか追いついてくるとはね・・・・、
追いついたとき ウゲ~ って声が聞こえた。
2007年08月29日
香港のレース風景
私は日本のレースが大嫌いであります。
というか日本人が嫌いです。
香港の方が空気があっているというか、怪しいというか。
香港にいる頃から日本人は嫌いであると日本人のくせにアピールしていた。
当然自転車でも使っているパーツはSPD以外は日本製をシャットアウト!
まあ、今考えるとそこいらにいるようなビトンやベンツを好きなアホな日本人
と大差は無かったような・・・。
今はというとポリシーより値段で・・・・・、
シマノウェルカム・・・・・。
自分が思うに日本はアジア一のアホな人種になりつつあると思います。
私もこんなアホな国さっさと脱出してオーストラリアあたりにでも永住したいな・・・、
少なくても日本よりは自転車乗っていても楽しいと思います。
話が脱線してしまったが、なぜ?日本のレースが嫌いかというと、
まあ日本人の、持つ独特のオーラというかとにかくレースが楽しめない。
日本ではたった3レースしか出走した事がないがいい思い出は一つもない。
まず高校にときに出たチャレンジロードでは、スタートしてあちらこちらで
汚い罵声の浴びせあい。
まあうるさいこと。
走ってて気分悪かったです。
二つ目はMTBで100mほど走って沈没・・・・。
3度目はレース引退してバイクに走り、女に走り・・・・、そして失恋・・・・、
この傷を癒してくれるのは・・・・、
と思い10kgも太った体で出走したチャレンジロードで今度は邪魔だどけ!
と言われ上級グレードの奴にレース中に突き飛ばされた!
その時はもう全盛期のパワーはなく逃げられてしまったが・・・、
今でも腹が立つ!!
そのとき以来絶対にシリアスレースには出ない事にしました。
それに比べ香港はノホホンとしてよいレースでした。
まあ競技人口も少ない事もありみんな顔見知りにお友達!!
常にレースはフレンドリー、罵声も上がらなければ、押されることもない。
エントリー費も安いし、場所も近い。
どっかからもってきたような表彰台で表彰式。
まあ弱点を挙げれば公道レースなのですがオーガナイズがアバウトで
道路が完全封鎖できないので車も走ってくるというとこらでしょうか。
でもレース中は自転車優先なので車は無謀に抜いてきたりしません。
あるレースの一コマで、公道レースを個人TTを開催中、そこは香港でも有数の走り屋?
天国、日曜になると香港中からスーパーカーが走りにやってくる。
ポルシェ、フェラーリー、ランボルギーニ。
たまたま私がレースで爆走していると、後ろから暴力的なエンジン音!
フェラーリだ!!
でも・・・・、私はどかない、
頑張ってレースしてるし。
でも気持ちいいね、フェラーリを抑えて走るの。
気づいたら3台くらいスーパーカーを抑えて走っておりました。
佐藤琢磨を超えた瞬間・・・・。
というか日本人が嫌いです。
香港の方が空気があっているというか、怪しいというか。
香港にいる頃から日本人は嫌いであると日本人のくせにアピールしていた。
当然自転車でも使っているパーツはSPD以外は日本製をシャットアウト!
まあ、今考えるとそこいらにいるようなビトンやベンツを好きなアホな日本人
と大差は無かったような・・・。
今はというとポリシーより値段で・・・・・、
シマノウェルカム・・・・・。
自分が思うに日本はアジア一のアホな人種になりつつあると思います。
私もこんなアホな国さっさと脱出してオーストラリアあたりにでも永住したいな・・・、
少なくても日本よりは自転車乗っていても楽しいと思います。
話が脱線してしまったが、なぜ?日本のレースが嫌いかというと、
まあ日本人の、持つ独特のオーラというかとにかくレースが楽しめない。
日本ではたった3レースしか出走した事がないがいい思い出は一つもない。
まず高校にときに出たチャレンジロードでは、スタートしてあちらこちらで
汚い罵声の浴びせあい。
まあうるさいこと。
走ってて気分悪かったです。
二つ目はMTBで100mほど走って沈没・・・・。
3度目はレース引退してバイクに走り、女に走り・・・・、そして失恋・・・・、
この傷を癒してくれるのは・・・・、
と思い10kgも太った体で出走したチャレンジロードで今度は邪魔だどけ!
と言われ上級グレードの奴にレース中に突き飛ばされた!
その時はもう全盛期のパワーはなく逃げられてしまったが・・・、
今でも腹が立つ!!
そのとき以来絶対にシリアスレースには出ない事にしました。
それに比べ香港はノホホンとしてよいレースでした。
まあ競技人口も少ない事もありみんな顔見知りにお友達!!
常にレースはフレンドリー、罵声も上がらなければ、押されることもない。
エントリー費も安いし、場所も近い。
どっかからもってきたような表彰台で表彰式。
まあ弱点を挙げれば公道レースなのですがオーガナイズがアバウトで
道路が完全封鎖できないので車も走ってくるというとこらでしょうか。
でもレース中は自転車優先なので車は無謀に抜いてきたりしません。
あるレースの一コマで、公道レースを個人TTを開催中、そこは香港でも有数の走り屋?
天国、日曜になると香港中からスーパーカーが走りにやってくる。
ポルシェ、フェラーリー、ランボルギーニ。
たまたま私がレースで爆走していると、後ろから暴力的なエンジン音!フェラーリだ!!
でも・・・・、私はどかない、
頑張ってレースしてるし。
でも気持ちいいね、フェラーリを抑えて走るの。
気づいたら3台くらいスーパーカーを抑えて走っておりました。
佐藤琢磨を超えた瞬間・・・・。
2007年08月27日
シーズン開幕 初勝利!!
前のブログではシーズンオフでしたが・・・。
夏が終わり実質2年目のシーズンが始まった。
カーボン製の新兵器を投入しやる気満々である。
タイトルで初勝利!!などと書いてはありますが・・・・、
実際どれが初勝利だか覚えてない・・・・。
多分いきなり勝ったと思う・・・・。
何で勝ったかお覚えてないが・・・・。
ただ記憶にあるのは常に自分と戦っていたような記憶がある。
というのも、どうも補給が下手らしく(当時は気付かなかった)
ゴール手前やらレース中に足がつりまくっていた。
だから足がつらなければ勝っていたような気がする。
50KMのジンクスである。
当時Bクラスは大体距離が50KM以下だったが50KMを超えるレースでは
足がつる事との戦いだった・・・・。
しばらくは50KMを超えるレースは恐怖そのものだった・・・。
レースによっては30KMでもつりまくっていた。
まあ当時のトレーニングは単純でレース距離の最低2倍は走れる
トレーニングをしようと考えていた。
ただこんだけ足がつっているとあからさまに筋力不足ではないかと思い
筋トレを自己流ではじめる。
レースが無い週のトレーニングメニューはとりあえず1日1時間ちょい
距離にして30KMほど高い負荷(全速)で走っていた、
日曜日はチームの仲間(10数人)で香港島を50~60KM走る。
当時仕事が朝8時~夜8時までの12時間(きつくはなかったが)
練習はその後にやっていた。
筋トレを始めてから30分ほど時間をのばした。
メニューは簡単である。
ビクトリアピークの5KMほどのトレーニングコースの登りを日替わりに、
1、ダンシングのみで登りきる(フリー)、
2、アウタートップでダンシングのみ(53TX21T)、
3、アウタートップでシッテイングのみ、
と死ぬほど辛いものでした・・・。
まあ、最終的にこれを1セットとしてこなせるように成長しましたが。
さいしょはこの登りを17分くらい(これでも一番速かった)
がたしか最終的に13分か12分ぐらいまで縮めたような気がした・・・・。
4分を縮めたのは不可能かと思われるが秘密があった、
それはバスとトレーニングするのだ!!
自転車では時速18~20kmほどで走っていれば誰もついてこれなかったのだが
更にアホっぽく車相手にトレーニングをする!!
頂上行きの観光バスやら路線バスをペーサーにして走るのだ!!
これをできるようになったのはかなり後になってからですが
たしか時速で27km~30kmほどで走っていたような・・・。
そしてとどめは頂上付近でそのバス相手にスプリント、
時速は40kmオーバーだったような・・・。
これができれば4分なんて簡単縮まる・・・・。
あの頃は化け物でしたね。
夏が終わり実質2年目のシーズンが始まった。
カーボン製の新兵器を投入しやる気満々である。
タイトルで初勝利!!などと書いてはありますが・・・・、
実際どれが初勝利だか覚えてない・・・・。
多分いきなり勝ったと思う・・・・。
何で勝ったかお覚えてないが・・・・。
ただ記憶にあるのは常に自分と戦っていたような記憶がある。
というのも、どうも補給が下手らしく(当時は気付かなかった)
ゴール手前やらレース中に足がつりまくっていた。
だから足がつらなければ勝っていたような気がする。
50KMのジンクスである。
当時Bクラスは大体距離が50KM以下だったが50KMを超えるレースでは
足がつる事との戦いだった・・・・。
しばらくは50KMを超えるレースは恐怖そのものだった・・・。
レースによっては30KMでもつりまくっていた。
まあ当時のトレーニングは単純でレース距離の最低2倍は走れる
トレーニングをしようと考えていた。
ただこんだけ足がつっているとあからさまに筋力不足ではないかと思い
筋トレを自己流ではじめる。
レースが無い週のトレーニングメニューはとりあえず1日1時間ちょい
距離にして30KMほど高い負荷(全速)で走っていた、
日曜日はチームの仲間(10数人)で香港島を50~60KM走る。
当時仕事が朝8時~夜8時までの12時間(きつくはなかったが)
練習はその後にやっていた。
筋トレを始めてから30分ほど時間をのばした。
メニューは簡単である。
ビクトリアピークの5KMほどのトレーニングコースの登りを日替わりに、
1、ダンシングのみで登りきる(フリー)、
2、アウタートップでダンシングのみ(53TX21T)、
3、アウタートップでシッテイングのみ、
と死ぬほど辛いものでした・・・。
まあ、最終的にこれを1セットとしてこなせるように成長しましたが。
さいしょはこの登りを17分くらい(これでも一番速かった)
がたしか最終的に13分か12分ぐらいまで縮めたような気がした・・・・。
4分を縮めたのは不可能かと思われるが秘密があった、
それはバスとトレーニングするのだ!!
自転車では時速18~20kmほどで走っていれば誰もついてこれなかったのだが
更にアホっぽく車相手にトレーニングをする!!
頂上行きの観光バスやら路線バスをペーサーにして走るのだ!!
これをできるようになったのはかなり後になってからですが
たしか時速で27km~30kmほどで走っていたような・・・。
そしてとどめは頂上付近でそのバス相手にスプリント、
時速は40kmオーバーだったような・・・。
これができれば4分なんて簡単縮まる・・・・。
あの頃は化け物でしたね。
2007年08月27日
レンタル移籍
CMSチームはロードが主体なのでMTBを持っている人はいなかった。
まあ、遊びででてみるのも面白いと思いとりあえずエントリー。
ジャイアンと知り合っていろんな人が家に遊びにくる。
ホイ ジャー ポー もその一人だ。
ジャイアンとは古い付き合いらしく当事は自転車店を経営してた。
そこで行商のおじさんのようにいろんな物を売りに来る。
そんなこんなで知り合いになり今回は彼の所属する ナイヒンチーム から出場した。
今も気に入って着ているブルーのジャージで背中にいかにも香港チックな
有限公司 なんて入っている。
彼はもともとはローディーで主に当時はトラックで活躍してたらしい、
が、やはりスプリンターらしくゴール前では危険なスプリントを仕掛けてくる。
レース当日は快晴でやたら暑く死人が出るかと思った。
そんなこんなでスタート!!
だがいくらロードで速くてもオフではやはりザルである。
以前日本でMTBレースに出たときスタートしてわずか数百メートル走った
テーブルトップで沈没、そのまま病院へ直行というトラウマが残り
かなりスロースタートで走った。
コースはコースというのかどうかと思うかコースだったような記憶がある。
そこそこテクニカルだった。
走っているうちに何かおかしなことに気づく??
なんだか石を積み重ねたいかにも古そうなものが点々とある。
何だ??
次の周にも気になってしょうがない。
う~ん?? どう見ても古いお墓に見える・・・・。
でもどう見ても墓だよね~、
あれ。壷らしきものも見えるし・・・。
こんなとこ走ってよいの?
こんな暑さだと油断していると墓に引きずりこまれそうだ・・・・。
やれよ、やれよで、ここからは地脚の差が出始め一人また一人と抜いていくが、
なんだかだんだん人の気配が無くなっていく・・・、
今何位走っているの??
そして、なんだか物足りない感を残したままゴール、まあ1位ではないだろう。
表彰式(アットホームなもの)が始まりなんだか呼ばれているような気がする・・・。
サンハオ~(私の広東語読み)!
やはり呼んでいる。
気づいたら3位だったらしい。
でもビリでもある。
多分20人以上出場したと思うが完走は3人だった・・・・。
みんな暑くてやめてしまったらしい・・・。
1位はホイ ジャー ポー 2位は知らない人 3位は私でした、
しかもまたもや全香港選手権だったらしくオリンピックマークの
ついた銅メダルをもらう。
オフでやるMTBレースに出場したのはこれだけでした。
2007年08月24日
自転車屋さんのオブジェ
表札がなかなかいい感じにしあがったので調子にのって
なじみの自転車屋さんのオブジェを作ってみました。
サイズは横幅が250mmぐらいで縦が125mmくらいで厚みが20mmほど
5000系のアルミなのでそのまま使えますがアルマイトをかけようと思っております。
この状態で白アルマイトでもカッコいいかも。
現在自転車仲間と知り合いの大工さんからもオーダーいただいて
おります。
ちなみにこれはお友達価格で3万ほど・・・・。
写真写りが悪いのがたまに傷ですがあなたのガレージにもいかがでしょう?

なじみの自転車屋さんのオブジェを作ってみました。
サイズは横幅が250mmぐらいで縦が125mmくらいで厚みが20mmほど
5000系のアルミなのでそのまま使えますがアルマイトをかけようと思っております。
この状態で白アルマイトでもカッコいいかも。
現在自転車仲間と知り合いの大工さんからもオーダーいただいて
おります。
ちなみにこれはお友達価格で3万ほど・・・・。
写真写りが悪いのがたまに傷ですがあなたのガレージにもいかがでしょう?

2007年08月24日
アルミ削り出しで表札作ってみました~
本業が暇なので会社にあるマシニングセンターで表札作ってみました。
200X200でそこそこ大きいです。
鉄筋コンクリートの家にはあいそうです。
あいにく我が家は木造です・・・・。
2007年08月24日
香港人の愛車達2
ゆらり、ゆらりとレースで良い成績を収めてからトレーニングの距離をちょいと伸ばして
1日1時間、約30Kmほど走るようになる。
まあ、練習中?は音楽を聴きながらノリノリなのだがやはり一人だと暇?である・・・。
と、前から気になっていた事があり暇に乗じて統計を取ることにする。
気になっていた事、それは香港でベンツとBMWどっちが多いか・・・・。
アホらしいが実際やたらと多い、ひどいときは信号待ち7台全部がベンツな事も。
ここで香港豆知識、香港では自動車はやたら高い!
基本的に本国料金に100%の税金がかかる。
例を挙げると、日本で150万で買える日産サニー(今はない)が
香港ではあら不思議300万の高級車に。
別に日本のサニーと何が違うといえば・・・、
何も変らない。
要は2倍なわけです。
ただ香港は車が無くても不便を感じたことがない、
バス、とかも24時間走っているし、タクシーは初乗り・・・幾らだったけな~?
まあ日本から比べるとシャレにならないくらい安い。
ので車はいらない! 欲しかったけど・・・。
話は戻って、香港ではやはりミーハーの友、ベンツちゃんとBMちゃんは大人気!
そこで練習の1時間で何台みるか試してみる、しかも町中でなく
家が無いような道を含む郊外で。
ただこっちの方がお金持ちが多いのも事実である。
早速始めてみると、やれよ、やれよと双方台数を増やす・・・・。
ホント、アホ。
ここまで引っ張り結論から言うと61対58でベンツの勝ちです・・・。
ウソくさいけど本当の本当の話。
ようは1分に1台はベンツとBMに出くわすということです。
その他でいうと今では日本でも場所によっては(六本木など)
1日1台は見れるフェラーリーちゃんですが
10年前の香港では必ず1日1台は見ます、その他ランボルギーニ、ポルシェ、など。
世界のスーパーカーが毎日見れる、しかも面白いのは全部必ず右ハンドル!えらい!
どこぞやの国のアホな方は左ハンドルじゃないと外車じゃないと思ってる方も・・・・。
なぜかイギリスの車までわざわざ左で乗っている方も・・・・、(北米仕様)
アホな人種です、はい。
乗っている方はそれなりのこだわりがございますと思いますけど・・・・。
北米仕様でしか売ってないとか。
あと多いのが左だと歩行者が見やすいとか・・。
でも実際大きな交差点を右折する時歩行者は交差点の真ん中にいないし・・・。
(昔兄貴の幅1.8Mのキャデラックを運転していたが右折はまったく見えん。)
よく品○ナンバーの外車に幅寄せされるし・・・。
こんな事ばかり書いてるからか???
1日1時間、約30Kmほど走るようになる。
まあ、練習中?は音楽を聴きながらノリノリなのだがやはり一人だと暇?である・・・。
と、前から気になっていた事があり暇に乗じて統計を取ることにする。
気になっていた事、それは香港でベンツとBMWどっちが多いか・・・・。
アホらしいが実際やたらと多い、ひどいときは信号待ち7台全部がベンツな事も。
ここで香港豆知識、香港では自動車はやたら高い!
基本的に本国料金に100%の税金がかかる。
例を挙げると、日本で150万で買える日産サニー(今はない)が
香港ではあら不思議300万の高級車に。
別に日本のサニーと何が違うといえば・・・、
何も変らない。
要は2倍なわけです。
ただ香港は車が無くても不便を感じたことがない、
バス、とかも24時間走っているし、タクシーは初乗り・・・幾らだったけな~?
まあ日本から比べるとシャレにならないくらい安い。
ので車はいらない! 欲しかったけど・・・。
話は戻って、香港ではやはりミーハーの友、ベンツちゃんとBMちゃんは大人気!
そこで練習の1時間で何台みるか試してみる、しかも町中でなく
家が無いような道を含む郊外で。
ただこっちの方がお金持ちが多いのも事実である。
早速始めてみると、やれよ、やれよと双方台数を増やす・・・・。
ホント、アホ。
ここまで引っ張り結論から言うと61対58でベンツの勝ちです・・・。
ウソくさいけど本当の本当の話。
ようは1分に1台はベンツとBMに出くわすということです。
その他でいうと今では日本でも場所によっては(六本木など)
1日1台は見れるフェラーリーちゃんですが
10年前の香港では必ず1日1台は見ます、その他ランボルギーニ、ポルシェ、など。
世界のスーパーカーが毎日見れる、しかも面白いのは全部必ず右ハンドル!えらい!
どこぞやの国のアホな方は左ハンドルじゃないと外車じゃないと思ってる方も・・・・。
なぜかイギリスの車までわざわざ左で乗っている方も・・・・、(北米仕様)
アホな人種です、はい。
乗っている方はそれなりのこだわりがございますと思いますけど・・・・。
北米仕様でしか売ってないとか。
あと多いのが左だと歩行者が見やすいとか・・。
でも実際大きな交差点を右折する時歩行者は交差点の真ん中にいないし・・・。
(昔兄貴の幅1.8Mのキャデラックを運転していたが右折はまったく見えん。)
よく品○ナンバーの外車に幅寄せされるし・・・。
こんな事ばかり書いてるからか???
2007年08月24日
香港人の愛車たち その1
日本から総額100万ほどの自転車を2台持ち込んだわたくし。
どうだ!すげーだろ!
なんて走っていたがジャイアンとかと走るようにあることに気づく。
ひょっとして自分の自転車一番ちゃちじゃない・・・・。
ルック、ピナレロ、コルナゴ、TVT,デ・ローザ挙句の果てに
フルデュラ、フルレコードときたもんだ・・・・。
フレームはほぼトップグレード、
ピナレロについて当時珍しいチタンときたもんだ・・・・。
そしてとどめはコルナゴC35、(その人はMTBもC35)
こいつら仕事なにしてんだ・・・・。
レースに行くとC40だらけだし・・・・。
その中でも一番怪しいのはミンさんの乗るTVT HM92
そうかのグレック レモンがツールで駆った名バイクだが・・・・
何を狂ったかミッキーやらミニーやらドナルドのスッテカーチューン・・・・。
ヘッドにミッキーがいる~。
ダウンチューブにドナルドが遊んでる~。
殺意を覚えました・・・。
あとで登場するのですが元ロス五輪代表の ロ シュウ ウォン
という選手がいて彼は頭から下が当時でいう アブド ジャパロフ 、
腕には歴代の落車の大きな傷、
顔はう~ん、アニマル浜口、
そしてその頭に乗っかるヘルメットは・・・・、
ケロケロケロッピー、
きっとオリジナルで作ったんだろう・・・。
殺意というか・・・、直視不可能・・・・。
なぜこんなにも高級車が並んでいるかというと、恐らく税金の問題であろう。
日本では自転車を作っているので当然外車については関税がかかる、
一方香港では製造してないので日本に比べ安く手に入るということだ
だが当時なぜか日本でデュラを買うより香港で買ったほうが安いのはなぜ?
簡単な例を挙げると、日本で当時トップグレードだったコルナゴC40を
フルレコードで買うと軽く80万オーバーですが、
フレームだけで比べるとたしか45万オーバーだったような?
それが香港だと25万ほど・・・。
いつもこれを話すと偽物だぁ~などいわれますが・・・・。
多分フルレコードで組んでも50万しないのではないかと・・・・。
だからうじゃうじゃ走っているのだ。
この悔しさ、物欲大魔王の私には許せない・・・・。
というわけで日本(なじみの自転車屋さんから)から新兵器を投入する。
憧れのTVTに対抗し、カーボンフレームス(現カルフィー)のテトラプロじゃ!
ただ予算の都合でコーラス・・・・。50万オーバー・・・・。
憧れのグレック レモンさまがラルプデュエズで使ったバイクじゃ~!どうだ!
と! 予想的中! さすが俺! どうみてもC40の方が上なのにいつも人だかり、
香港に1台のバイク
しめしめです。
このバイクが私を支えてくれた、辛いときも、楽しいときも、苦楽をともにした。
後にも先にも私にとってこれを超えるバイクは無い!
どうだ!すげーだろ!
なんて走っていたがジャイアンとかと走るようにあることに気づく。
ひょっとして自分の自転車一番ちゃちじゃない・・・・。
ルック、ピナレロ、コルナゴ、TVT,デ・ローザ挙句の果てに
フルデュラ、フルレコードときたもんだ・・・・。
フレームはほぼトップグレード、
ピナレロについて当時珍しいチタンときたもんだ・・・・。
そしてとどめはコルナゴC35、(その人はMTBもC35)
こいつら仕事なにしてんだ・・・・。
レースに行くとC40だらけだし・・・・。
その中でも一番怪しいのはミンさんの乗るTVT HM92
そうかのグレック レモンがツールで駆った名バイクだが・・・・
何を狂ったかミッキーやらミニーやらドナルドのスッテカーチューン・・・・。
ヘッドにミッキーがいる~。
ダウンチューブにドナルドが遊んでる~。
殺意を覚えました・・・。
あとで登場するのですが元ロス五輪代表の ロ シュウ ウォン
という選手がいて彼は頭から下が当時でいう アブド ジャパロフ 、
腕には歴代の落車の大きな傷、
顔はう~ん、アニマル浜口、
そしてその頭に乗っかるヘルメットは・・・・、
ケロケロケロッピー、
きっとオリジナルで作ったんだろう・・・。
殺意というか・・・、直視不可能・・・・。
なぜこんなにも高級車が並んでいるかというと、恐らく税金の問題であろう。
日本では自転車を作っているので当然外車については関税がかかる、
一方香港では製造してないので日本に比べ安く手に入るということだ
だが当時なぜか日本でデュラを買うより香港で買ったほうが安いのはなぜ?
簡単な例を挙げると、日本で当時トップグレードだったコルナゴC40を
フルレコードで買うと軽く80万オーバーですが、
フレームだけで比べるとたしか45万オーバーだったような?
それが香港だと25万ほど・・・。
いつもこれを話すと偽物だぁ~などいわれますが・・・・。
多分フルレコードで組んでも50万しないのではないかと・・・・。
だからうじゃうじゃ走っているのだ。
この悔しさ、物欲大魔王の私には許せない・・・・。
というわけで日本(なじみの自転車屋さんから)から新兵器を投入する。
憧れのTVTに対抗し、カーボンフレームス(現カルフィー)のテトラプロじゃ!
ただ予算の都合でコーラス・・・・。50万オーバー・・・・。
憧れのグレック レモンさまがラルプデュエズで使ったバイクじゃ~!どうだ!
と! 予想的中! さすが俺! どうみてもC40の方が上なのにいつも人だかり、
香港に1台のバイク
しめしめです。
このバイクが私を支えてくれた、辛いときも、楽しいときも、苦楽をともにした。
後にも先にも私にとってこれを超えるバイクは無い!
2007年08月23日
香港の自転車チーム勢力図
やれよ、やれよ、でいきなり2位になってしまった私ではございますが。
ここで当時の勢力図(図じゃないけど・・・)を紹介しましょう。
まず、当時最強のチームだったのが(今でもかな)ウォン カン ポー 率いる
ニューパワーチーム。
次に香港のスポーツ業界で大きな力(サッカーチームなども持っている)
SCAA 南華(ナンワ)チーム。
あと電気屋?がスポンサーになっているナイヒンチーム 。
まだあったような?ここらが有名どころあとは小さなチームがちょろちょろと。
だいたい、ナショナルチーム連中はニューパワーにいたりもする。
何気に、競技人口が少ないながらも企業などがバックアップしてくれてなかなかの環境で
す。
時にウォン カン ポー の実力がアジアでも注目されていたのでそれに伴い
香港中もこのスポーツに注目されている時期でもありました。
何を隠そう、香港の自転車の歴史は何気に古いらしく、
日本人がヨーロッパなどで活動を始めた頃に後にCMSチームの監督になる
チャウ ダック ミン ら数人でベルギーなどに遠征に出てたらしい・・・。
さらに、今は巨漢で当時推定体重80KGのジャイアンでさえもベルギーやフランスに遠征
に行ってたらしい。
当時の写真を見るとまさに現役のメルクスと引退後のメルクスを見てるかのようです。
オリンピックでもロス、ソウル、バルセロナ、(当時)に代表を送り込める実力をもって
いたようです。
そんな、ある意味恵まれた環境でレースができてラッキーでしたね。
あと、ナショナルチームに怪しい外人もいたりする。
名前はジョン ポーザー オーストラリア人です。
後に流行るミスタービーンに似てたりするので、仲間内ではビーン ポーザー
なんてもよばれていた・・・。
香港の面白いところは4年以上いるとナショナルチームに参加できるらしい。
私は結局4年しかいなかったので香港代表外人選抜どまりでしたがなかなか面白いです。
ついでに言うと、私は日本では今でも選手登録したことがなく、
ずっと香港車連所属でした。
当時の国際Bマッチに出れるライセンス?も香港から発行されておりました。
今考えれば・・・、ランカウイやら、沖縄やら、TOJにも出れたのよ・・・・。
とんがってましたからね~当時は・・・・、
仕事休んでまでも行けません、なんて断っておりました・・・・。
もったいね~。
ここで当時の勢力図(図じゃないけど・・・)を紹介しましょう。
まず、当時最強のチームだったのが(今でもかな)ウォン カン ポー 率いる
ニューパワーチーム。
次に香港のスポーツ業界で大きな力(サッカーチームなども持っている)
SCAA 南華(ナンワ)チーム。
あと電気屋?がスポンサーになっているナイヒンチーム 。
まだあったような?ここらが有名どころあとは小さなチームがちょろちょろと。
だいたい、ナショナルチーム連中はニューパワーにいたりもする。
何気に、競技人口が少ないながらも企業などがバックアップしてくれてなかなかの環境で
す。
時にウォン カン ポー の実力がアジアでも注目されていたのでそれに伴い
香港中もこのスポーツに注目されている時期でもありました。
何を隠そう、香港の自転車の歴史は何気に古いらしく、
日本人がヨーロッパなどで活動を始めた頃に後にCMSチームの監督になる
チャウ ダック ミン ら数人でベルギーなどに遠征に出てたらしい・・・。
さらに、今は巨漢で当時推定体重80KGのジャイアンでさえもベルギーやフランスに遠征
に行ってたらしい。
当時の写真を見るとまさに現役のメルクスと引退後のメルクスを見てるかのようです。
オリンピックでもロス、ソウル、バルセロナ、(当時)に代表を送り込める実力をもって
いたようです。
そんな、ある意味恵まれた環境でレースができてラッキーでしたね。
あと、ナショナルチームに怪しい外人もいたりする。
名前はジョン ポーザー オーストラリア人です。
後に流行るミスタービーンに似てたりするので、仲間内ではビーン ポーザー
なんてもよばれていた・・・。
香港の面白いところは4年以上いるとナショナルチームに参加できるらしい。
私は結局4年しかいなかったので香港代表外人選抜どまりでしたがなかなか面白いです。
ついでに言うと、私は日本では今でも選手登録したことがなく、
ずっと香港車連所属でした。
当時の国際Bマッチに出れるライセンス?も香港から発行されておりました。
今考えれば・・・、ランカウイやら、沖縄やら、TOJにも出れたのよ・・・・。
とんがってましたからね~当時は・・・・、
仕事休んでまでも行けません、なんて断っておりました・・・・。
もったいね~。
2007年08月23日
虎がやってきたぁ~
レーススタートがスタートして・・・・、なるようになれ!、そんな感じ。
でも今日はなんか賑やかでなんとテレビ局まで来ている!
え~!こんなに盛んなの~!
まあ一人で36KM、先は長いので気楽に走る。
気楽に走るためのアイテム、ウォークマン!
わたしは、どんなに大きなレースでも必ずウォークマンを聞いて走る。
不真面目にみえますがペースを作るのには最適です、
ウォーミングアップなどでは科学的には良いことは実証されているみたいですが。
聞いているのは主に当時流行っていたTRFをメインに布袋、ロカビリーなど適度なビート
が心地よい。
スタートして、う~ん、いい感じで走れている、一人、また一人と抜いていく。
結構練習などである程度の自信があったのでまあ妥当でしょう。
といいながらもちょいとヘロヘロになったころ後ろからなにやら車が来る!!
なんだ?
テレビ局の車だ~。
ここは目立つべ~と何を勘違いしたかブイサイン!!
アホだ!! ミーハーだ!
とその横を次元の違う走りでぶち抜かれる!!
これが虎とのファーストコンタクトでした。
虎とは?マネーの虎(死語)ではなく、
アジアの虎こと ウォン カン ポー 日本ではワン カン ポである。
この頃はツールド沖縄やアジア大会などを制して実力を現し始めた頃である。
どうりで賑やかだと思いきや狙いはこっちね!納得!速かったね~。
レース終盤あとひと踏ん張りというところで足がつる!
ペダリング不可能!
ここを登れば・・・、無理
自転車を止めてストレッチ、やっとの思いでゴ~ル! 疲れた
結果はというとなんとBクラス2位!!
あれ?足つらなければ勝てた?
そのときの1位は ン コク ワ という選手で後にナショナルチーム入りするが、
この人にはこのレース以来まじめに走ったレースでは負けたことが無い!
ちなみにAクラスは当たり前のごとくウォン カン ポー、でも、
香港で彼を振り向かせる男がここで誕生しました・・・・・。
写真はその時もらったメダルです。 銀がその時の物、銅は後で登場する余興で
走ったMTBレースでもらったもの。オリンピックマークが良いですね~。
2007年08月22日
自転車用ステムのアルミ削り出しワンオフ
職人とはいっても私のパートは設計と加工プログラム作りで当然機械もつかいます。
俗にいうマシニングセンターというやつです。
1台周辺機器を含め3000万ほどします。今は5軸制御なる機械が幅利かせるようになり
ましたが家はちっぽけな町工場なので3軸がやっとです。
最近めっきり仕事が冷えきり(どこが景気がいいにかな?○ヨタさん)
遊ぶのももったいないのでパーツ作りに没頭しております。
過去にも自動車用のサスペンションアッパーやエアダクトなどちょろちょろと
作っていましたが自転車用のほうが小さくて作りやすいです。
3D CAD を使ってデザインからやっていると デザイナーはスゲーな~なんて
思います。 いつもはテーマを決めてそれに対してペタペタとデザインをしていく
訳ですが忘れてはいけないのがコストの問題です、このステムは売る予定はないの
すが、これに続くもののためにうまくデザインしないと売るにも売れない。
ちなみにこのステムは1本6万から8万のコストが掛かっております。(デザインから
入れるとそれ以上ですね・・・、ワンオフですかえら・・・)
多分カーボンのステムを買ったほうが安いですね・・・・。
次に考えているMTB用のステムはどう作っても4万以下では作れません。
いかにデザインでアクセントをつけるかですね。
安く作ろうと思えば安くつくれますがそれじゃツマランでしょ。
でも大手メーカーはうまく安く作っていますね~、一般のユーザーはそれで
納得しているので自分の物は売れるとはおもいませんが・・・。
違いのわかる方へ・・・・。
2007年08月22日
ついにレースデビュー
ついに香港単車レースに参加!!
と,いきなり5月なのに最終戦・・・。全香港選手権・・・・・。
そうです、夏は暑くて雨季なのでシーズンが日本と逆なのです。
出た種目は36KM個人タイムトライアル・・・・。
素人が一人でレースする距離ではない・・・。
カデゴリーは単純明快、
今のようにアジアツアーやらコンチネンタルチームやらが無い時代なので
クラスAとクラスBの2クラス、その中にシニアとかジュニアとかあるのですが、
ほぼ関係ない・・・。
というのも、東京都ほどの面積しかない国なので競技人口は100人ほど、
さらに毎回同じ顔が集まるのでいってみれば毎回全香港選手権・・・・・なのです。
日本と違うところは常に公道レース、だから日本と違い道が荒れていたり、
それなりにテクニックが必要なのでより本場に近いのではとおもます。
ただオーガナイズがいまいちなので、車も普通に走っていますが、
ある程度閉鎖はされているので事故はなかったです(日本じゃありえませんね・・。)
あと狭い香港、レースシーズンになると長くても2週間に一回のペースでレースがあるので
以外に盛んなのです。
もうひとつ、参加費ですが、
日本ではこれが一番ネックで多分1レース移動費込みで最低1万はくだらないのですが、
こっちでは20ドル(300円)ほど非常に参加しやすいのです。
場所も遠くても車で1時間くらいでしょうか。
はっきり言いますと日本より強い選手が出てくる環境は整っております。
距離も当時の日本に比べて長い距離をレースするような気がしました。
今回もBクラスで36KMTTはありえませんもんね。
ちなみにAクラスは54キロだったかな。
コースはアップダウンが激しいコースで往復18キロ(半分登り、半分くだり、)
を2周です。
ただ朝が早い。車の少ない時間にやるので朝6時半スタートとか・・・・。
そんなこんなで初レースがスタート、緊張で心臓バクバク、まあたのしみましょう。
明日は、奴がやってきます、虎です。そう、アジアの虎です。
と,いきなり5月なのに最終戦・・・。全香港選手権・・・・・。
そうです、夏は暑くて雨季なのでシーズンが日本と逆なのです。
出た種目は36KM個人タイムトライアル・・・・。
素人が一人でレースする距離ではない・・・。
カデゴリーは単純明快、
今のようにアジアツアーやらコンチネンタルチームやらが無い時代なので
クラスAとクラスBの2クラス、その中にシニアとかジュニアとかあるのですが、
ほぼ関係ない・・・。
というのも、東京都ほどの面積しかない国なので競技人口は100人ほど、
さらに毎回同じ顔が集まるのでいってみれば毎回全香港選手権・・・・・なのです。
日本と違うところは常に公道レース、だから日本と違い道が荒れていたり、
それなりにテクニックが必要なのでより本場に近いのではとおもます。
ただオーガナイズがいまいちなので、車も普通に走っていますが、
ある程度閉鎖はされているので事故はなかったです(日本じゃありえませんね・・。)
あと狭い香港、レースシーズンになると長くても2週間に一回のペースでレースがあるので
以外に盛んなのです。
もうひとつ、参加費ですが、
日本ではこれが一番ネックで多分1レース移動費込みで最低1万はくだらないのですが、
こっちでは20ドル(300円)ほど非常に参加しやすいのです。
場所も遠くても車で1時間くらいでしょうか。
はっきり言いますと日本より強い選手が出てくる環境は整っております。
距離も当時の日本に比べて長い距離をレースするような気がしました。
今回もBクラスで36KMTTはありえませんもんね。
ちなみにAクラスは54キロだったかな。
コースはアップダウンが激しいコースで往復18キロ(半分登り、半分くだり、)
を2周です。
ただ朝が早い。車の少ない時間にやるので朝6時半スタートとか・・・・。
そんなこんなで初レースがスタート、緊張で心臓バクバク、まあたのしみましょう。
明日は、奴がやってきます、虎です。そう、アジアの虎です。
2007年08月22日
人生色々、ポジション色々2
時にやたらかっこ悪いポジションで走っているプロ選手がいる。
私はドロップハンドルで色々と握る場所はありますが、
俗に言う上ハンドルしか握りません。
下ハンドルを握るようになったのはつい最近です。
たしかに下ハンドルを握ると力が出ているように感じますが、やはり上の方が楽ですね。
フロイド ランディス なる選手もカッチョ悪いポジションですね~、
でもなぜか私も一時期あんなカッチョ悪いポジションで走っていた時期がありました。
MTB用のアップステムを付けていました、あれはあれで長いレースでは
気持ち良く走れたのでありでしょう。カッチョ悪いですけど・・・・。
自分のなかで一番カッチョ悪いと思うポジションは・・・・、
市川元プロのポジション・・・・、
ご存知の方はいらっしゃると思いますが・・・・、
短いステムに高いポジション。
しかし!!
市川元プロはこれで数々の戦歴をあげています。
雑誌には載っていないポジション。
だから一概に雑誌に載っているポジションが最良とは言えないでしょう。
あと、私がよく使うポジションはドロップの平らな部分を更にステムに近い位置を
握って走るポジション、
これはよくヒルクライムなんかで使うポジションですが私は平地でも多用します。
雑誌で言うところのリラックスポジションなので風の抵抗を受けやすいのですが、
掴みようによっては風の抵抗は最小限にとどめられます。
なるべくステムよりのところを握りなおかつ気道を確保する、
イメージは垂直尾翼になりきる・・・、でしょうか。
DHバーやスキーなどでは有効的にこのポジションを活用しておりますね、
時に下ハンドルを握ってクラウジングで風を受け流すより縦に細長くして
受け流す方が有効な場合もあります。
たまたま私は下ハンドルをつかまないので風の強い時はこのポジションで走ります。
たしか アレックス モールトン が持つ自転車の速度記録では
低いポジションより縦に細長くする理論で記録を打ち立てたと思いますが・・・・、
お試しあれ。
私はドロップハンドルで色々と握る場所はありますが、
俗に言う上ハンドルしか握りません。
下ハンドルを握るようになったのはつい最近です。
たしかに下ハンドルを握ると力が出ているように感じますが、やはり上の方が楽ですね。
フロイド ランディス なる選手もカッチョ悪いポジションですね~、
でもなぜか私も一時期あんなカッチョ悪いポジションで走っていた時期がありました。
MTB用のアップステムを付けていました、あれはあれで長いレースでは
気持ち良く走れたのでありでしょう。カッチョ悪いですけど・・・・。
自分のなかで一番カッチョ悪いと思うポジションは・・・・、
市川元プロのポジション・・・・、
ご存知の方はいらっしゃると思いますが・・・・、
短いステムに高いポジション。
しかし!!
市川元プロはこれで数々の戦歴をあげています。
雑誌には載っていないポジション。
だから一概に雑誌に載っているポジションが最良とは言えないでしょう。
あと、私がよく使うポジションはドロップの平らな部分を更にステムに近い位置を
握って走るポジション、
これはよくヒルクライムなんかで使うポジションですが私は平地でも多用します。
雑誌で言うところのリラックスポジションなので風の抵抗を受けやすいのですが、
掴みようによっては風の抵抗は最小限にとどめられます。
なるべくステムよりのところを握りなおかつ気道を確保する、
イメージは垂直尾翼になりきる・・・、でしょうか。
DHバーやスキーなどでは有効的にこのポジションを活用しておりますね、
時に下ハンドルを握ってクラウジングで風を受け流すより縦に細長くして
受け流す方が有効な場合もあります。
たまたま私は下ハンドルをつかまないので風の強い時はこのポジションで走ります。
たしか アレックス モールトン が持つ自転車の速度記録では
低いポジションより縦に細長くする理論で記録を打ち立てたと思いますが・・・・、
お試しあれ。
2007年08月21日
怒りオヤジの愚痴3
怒りオヤジシリーズひっぱております。
今回は各方面にケンカを売ってみようかと・・・・。
まず、自転車は道路では非常に弱い立場ではありますが・・・・、
事故が起きて相手が車などだと、立場は強くなります。
それをいいことにモラルの無い自転車の乗り方をする人もいますが、
ただ車から見てみると自転車と事故を起こすと厄介なのでちょっとなら逃げてしまおう、
なんて奴がほとんど?だとおもいます。
相手に気づかれるほどの事故だと車にもダメージを残さないと
本当に逃げられてしまいます。
通勤で一番多いのはやはり幅寄せなのですが車にダメージを与えずに
自転車を引っ掛けるのは非常に簡単な事だと思います、
当然車にダメージがなければ証拠はのこらないし・・・、
日本の警察じゃね~。
弱い立場から見て危険な運転をするような人はというと・・・・、
まず女性・・・・、
ごめんなさい・・・・、
差別やら、軽蔑するつもりはないのですが・・・、事実です。
まず多いのが回りがまったく見えてない、運転に余裕のない女性の運転。
そういう方は自転車に対して危険な運転しているのすら気づいておりません。
ただそういう運転している人は運転の姿勢などがミラー越しに確認できるので
対策はできます。
ただ交差点では距離感がつかめず飛び出してくるので要注意。
次に自分がうまいと思って運転している女性・・・、
またごめんなさい・・・、
ただこのタイプは自転車をなめてかかってくるのでさらに要注意、
自転車に対しての距離感の無さ、周りを見てない、
プラス無謀さが加わってくるのでたちが悪い、
こちらが危険を促す警告をしても逆ギレをするか、
何を言われてるのかがわかってないのがほとんど。
これにさらに輪をかけて危ないのが40歳以上のオヤジの運転する車です、
いわゆる団塊世代です。
こいつらは、本当にヤバイ!!!、
無謀という言葉はこいつらの為にある言葉です。
このタイプは自転車をナメ腐っているのと、とにかく無謀!
極めつけはわざと嫌がらせをやってくる。
細い道を無理やり抜いたり(逃げ場がなくなる)
優先道無視でつっこんでくる、あげればきりが無い。
この場合は私は徹底的にできる限りの反撃はします、
言葉で言っても通じないからです、
結果的に無謀な反撃になりますが・・・・、
その最大級が右抜きです。
読んだままです。
だいたいこれをやるのは細い道で無理やり危険に抜いていったときですので
50KMまでスピードが出せれば反撃できます。
抜いて油断している所を運転席をかするように、
さらに無理やり前に割り込む・・・、同じ事をしてやります。
たいがいは同じ事してやると本当におとなしくなります、
それよりまさか追いついて来るとは思ってない、という反応ですね、
危険なのでめったにやりません。
一番なのは大体30KMくらいで走ることを心がけ抜く時に一瞬でも考えるくらいの
微妙なスピードで走る事です、
たまに抜く気満々でえらいスピードで迫っているのがわかったときは迷わず
邪魔でも道の真ん中まで出てブロックすることです、
鳴らされてもブロックすることです、スピードを落とさせるのが
邪魔であっても安全です、相手は抜く気満々であってこっちを認識しているので
以外に効果的です。
左折路がある時も効果的です、たまに無理やりかぶせて車があるので
左折路前にも必ず後ろから迫ってくる車を確認して距離感を計算し
ブロックするか行かせるかを瞬時に判断します。
以外に路線バスもたち悪いので停留所の前でも同様な行動をとります。
要は車を運転する以上に周り車の位置関係を常に把握する必要があるということです、
怪我するのはこっちですからね、
でもそれが以外にも車の運転にも非常に役にたちます。
ちなみに以外にヤンキー系の方はあまり悪いイメージが無いのです。
(保険とか入ってないからかな?)
今回は各方面にケンカを売ってみようかと・・・・。
まず、自転車は道路では非常に弱い立場ではありますが・・・・、
事故が起きて相手が車などだと、立場は強くなります。
それをいいことにモラルの無い自転車の乗り方をする人もいますが、
ただ車から見てみると自転車と事故を起こすと厄介なのでちょっとなら逃げてしまおう、
なんて奴がほとんど?だとおもいます。
相手に気づかれるほどの事故だと車にもダメージを残さないと
本当に逃げられてしまいます。
通勤で一番多いのはやはり幅寄せなのですが車にダメージを与えずに
自転車を引っ掛けるのは非常に簡単な事だと思います、
当然車にダメージがなければ証拠はのこらないし・・・、
日本の警察じゃね~。
弱い立場から見て危険な運転をするような人はというと・・・・、
まず女性・・・・、
ごめんなさい・・・・、
差別やら、軽蔑するつもりはないのですが・・・、事実です。
まず多いのが回りがまったく見えてない、運転に余裕のない女性の運転。
そういう方は自転車に対して危険な運転しているのすら気づいておりません。
ただそういう運転している人は運転の姿勢などがミラー越しに確認できるので
対策はできます。
ただ交差点では距離感がつかめず飛び出してくるので要注意。
次に自分がうまいと思って運転している女性・・・、
またごめんなさい・・・、
ただこのタイプは自転車をなめてかかってくるのでさらに要注意、
自転車に対しての距離感の無さ、周りを見てない、
プラス無謀さが加わってくるのでたちが悪い、
こちらが危険を促す警告をしても逆ギレをするか、
何を言われてるのかがわかってないのがほとんど。
これにさらに輪をかけて危ないのが40歳以上のオヤジの運転する車です、
いわゆる団塊世代です。
こいつらは、本当にヤバイ!!!、
無謀という言葉はこいつらの為にある言葉です。
このタイプは自転車をナメ腐っているのと、とにかく無謀!
極めつけはわざと嫌がらせをやってくる。
細い道を無理やり抜いたり(逃げ場がなくなる)
優先道無視でつっこんでくる、あげればきりが無い。
この場合は私は徹底的にできる限りの反撃はします、
言葉で言っても通じないからです、
結果的に無謀な反撃になりますが・・・・、
その最大級が右抜きです。
読んだままです。
だいたいこれをやるのは細い道で無理やり危険に抜いていったときですので
50KMまでスピードが出せれば反撃できます。
抜いて油断している所を運転席をかするように、
さらに無理やり前に割り込む・・・、同じ事をしてやります。
たいがいは同じ事してやると本当におとなしくなります、
それよりまさか追いついて来るとは思ってない、という反応ですね、
危険なのでめったにやりません。
一番なのは大体30KMくらいで走ることを心がけ抜く時に一瞬でも考えるくらいの
微妙なスピードで走る事です、
たまに抜く気満々でえらいスピードで迫っているのがわかったときは迷わず
邪魔でも道の真ん中まで出てブロックすることです、
鳴らされてもブロックすることです、スピードを落とさせるのが
邪魔であっても安全です、相手は抜く気満々であってこっちを認識しているので
以外に効果的です。
左折路がある時も効果的です、たまに無理やりかぶせて車があるので
左折路前にも必ず後ろから迫ってくる車を確認して距離感を計算し
ブロックするか行かせるかを瞬時に判断します。
以外に路線バスもたち悪いので停留所の前でも同様な行動をとります。
要は車を運転する以上に周り車の位置関係を常に把握する必要があるということです、
怪我するのはこっちですからね、
でもそれが以外にも車の運転にも非常に役にたちます。
ちなみに以外にヤンキー系の方はあまり悪いイメージが無いのです。
(保険とか入ってないからかな?)
2007年08月21日
人生色々、ポジション色々1。
十人十色とはよく言ったもんだ、ポジションも十人いれば十様であります。
日ごろから人の言うことアドバイスを聞かなかったわたくし、
当然ポジションにも相当悩んだ。
とりあえずプロ選手の真似から始まり自己流にアレンジしてゆく。
最近は雑誌などを見たりしてどんなもんだろうと研究しておりますが、
大体できているみたい。
ただ、雑誌ばかりを見ていても速くはならない、
やっぱり自分にあったポジションに行き着くまで乗り込むことでしょうか、
雑誌はそのおまけのようなもの。
自分はどちらかというと本よりビデオをジーっと見て研究をしていました。
研究というかパクリでしょうか、当時は ジャンニ ブーニョ なるイタリアの選手が
好きだったのでとりあえず上半身の無駄な動きを徹底的に無くすように(ブーニョ流)
意識したり、というか、ブーニョになりきる・・・・・。
シートや腰の位置に悩んだ時は ドーピングキング・・・、ビャルヌ リース
がレースのワンシーンでとっていたサドルをいっぱいに引きどちらかというと
前に蹴りだすようなイメージでポジション決めたり、
更にこのときリースは腰は引いたまま、
ハンドルに被いかぶさるようなイメージで上ハンドルを握っていた、
そんでもって肘はどちらかというと開きぎみ、まあ、外人は手足が長いから
こんなポジションでも決まるのですが、手足の短い日本人ではなかなか
カッコがつかない、
幸い私は外人に引けをとらない体格・・・・、
なのでかろうじてこなせてましたが・・・、
しかし!!腰を残すのは良いのだが、肘を開くのは雑誌なんかに載っている
限りではあまり良くないらしい・・・、
しかし!!私はこのポジションは自分にとって一番だと思っています。
雑誌ではなるべく肘を閉じて、抵抗を減らすなどと書いてはいますが、
自分なりに試すと、無理に閉じると肺が圧迫されいまいちでした、
開き気味のほうが呼吸が楽です。陸上競技のマラソンでも上体を起こして呼吸を
楽にするようにと指導を受けた事もあります。
リースもこれを実践したのかは知りませんが、結局は雑誌に惑わされすぎるのも
良くないという事でしょうか、ただ、やはり雑誌に載っている乗り方は
色々なレースで実績をあげた方が紹介されてますので基本中の基本なのでしょう。
まず好きな選手をパクってみましょう。
日ごろから人の言うことアドバイスを聞かなかったわたくし、
当然ポジションにも相当悩んだ。
とりあえずプロ選手の真似から始まり自己流にアレンジしてゆく。
最近は雑誌などを見たりしてどんなもんだろうと研究しておりますが、
大体できているみたい。
ただ、雑誌ばかりを見ていても速くはならない、
やっぱり自分にあったポジションに行き着くまで乗り込むことでしょうか、
雑誌はそのおまけのようなもの。
自分はどちらかというと本よりビデオをジーっと見て研究をしていました。
研究というかパクリでしょうか、当時は ジャンニ ブーニョ なるイタリアの選手が
好きだったのでとりあえず上半身の無駄な動きを徹底的に無くすように(ブーニョ流)
意識したり、というか、ブーニョになりきる・・・・・。
シートや腰の位置に悩んだ時は ドーピングキング・・・、ビャルヌ リース
がレースのワンシーンでとっていたサドルをいっぱいに引きどちらかというと
前に蹴りだすようなイメージでポジション決めたり、
更にこのときリースは腰は引いたまま、
ハンドルに被いかぶさるようなイメージで上ハンドルを握っていた、
そんでもって肘はどちらかというと開きぎみ、まあ、外人は手足が長いから
こんなポジションでも決まるのですが、手足の短い日本人ではなかなか
カッコがつかない、
幸い私は外人に引けをとらない体格・・・・、
なのでかろうじてこなせてましたが・・・、
しかし!!腰を残すのは良いのだが、肘を開くのは雑誌なんかに載っている
限りではあまり良くないらしい・・・、
しかし!!私はこのポジションは自分にとって一番だと思っています。
雑誌ではなるべく肘を閉じて、抵抗を減らすなどと書いてはいますが、
自分なりに試すと、無理に閉じると肺が圧迫されいまいちでした、
開き気味のほうが呼吸が楽です。陸上競技のマラソンでも上体を起こして呼吸を
楽にするようにと指導を受けた事もあります。
リースもこれを実践したのかは知りませんが、結局は雑誌に惑わされすぎるのも
良くないという事でしょうか、ただ、やはり雑誌に載っている乗り方は
色々なレースで実績をあげた方が紹介されてますので基本中の基本なのでしょう。
まず好きな選手をパクってみましょう。
2007年08月20日
CMSチーム設立
そのときジャイアンとその取り巻きで新しいチームを立ち上げるというのでそれに参加
することのした。
このチームは後に香港最強のチームへと成長し、
今巷で噂のディスカバリーマルコポーロチームと
強いコネクション(う~ん、出所は一緒なのかな~?
今はマサヒコ ミフネと提携してますが・・・、あまり大きいこと書くとクレームきそう
なので・・・・)
を持つまでになったチームの設立メンバーとなりました。
CMSの略はカラーマスター、最初はSが無くカラーマスターチームと呼ばれておりました。
これは、このチームの敏腕マネージャー ルイス ロウ がやっている
カーペット屋の名前らしい。
彼は結構切れ者で後々色々スポンサーを連れてくることになります。
でも少々変わり者です。
最初はおそろいのスペシャライズドのジャージでまあ、おっさんの趣味的チームでした。
最初は6人くらいかな~ ジャイアンとルイス、ミンさん、ハンさん、で
のびた君(ジャイアンの幼なじみで本当にそんな感じ)で私、
多分あと数名いたみたいだけどこんなものかな。
ビッグジョンもいたけどオーストリーに帰国してしまった。
自分も日本ではチャレンジロードとマウンテンバイクのレースにしか出たことがなくて、
あくまで仕事で香港に来ていたのでまあ余興程度に楽しもうかと思っていたが・・・、
だんだん話しが大きくなってゆく・・・・。
2007年08月20日
怒りオヤジの愚痴2
ふと、自転車に復活したのが2年前・・・、
復活と言っても自転車で通勤を開始した程度です。
なぜ突然自転車なんかに??乗り始めたかというと当時はなんだか
身体的にも精神的にもボロボロで半鬱状態になっていた時期でした、
なにを隠そう小学校の時も鬱病になりかけ精神科にもかかったことがある
なんとも不安定なお子さんだったのです。
でもいつもはひょうきん者でアホなお子さんだったので誰もこの話を信じてくれません。
そんな記憶がよみがえり結婚もして子供が生まれたのにそんな状態に戻るのは御免だ~!
なんてことでやはり自転車しかない!!との事ではじめたのです。
まあ今回は念を入れてカウンセリングも受けましたが自転車の方が強かったです。
時を同じくして行き着けの自転車屋さんもオープンしたのでオアシスも生まれました。
ただ走ってみるとやはり環境が劣悪なのと、個々のモラルの低さにうんざりして
本当に走っていて楽しくない。
まず、道がめちゃくちゃ、自転車道があると思うとそこに車が路駐してるし、
オマワリは法律しらないし、基本的に自転車は道路では一番弱い立場なので
基本的邪魔者扱いである。
車、バイクの運転マナーの悪さはもちろんですが自転車のモラルの低さには
車が嫌がらせしてくるのもしょうがないとも思う。
それがママチャリなんかではなく趣味として乗っている人がモラルの無い走りをしている
と情けない・・・、自分も100パーセントではないにせよ、
通勤では100パーセントの交通法規遵守を心がけています・・・・、
が残念ながら朝会う自転車通勤している面々は80パーセントの確率で
信号無視などの情けない走りを堂々??として行きます。
万が一がおきた時にモラルの無い行動に巻き込まれた車の運転手などがかわいそうです。
最低限のルールは守りましょう。
復活と言っても自転車で通勤を開始した程度です。
なぜ突然自転車なんかに??乗り始めたかというと当時はなんだか
身体的にも精神的にもボロボロで半鬱状態になっていた時期でした、
なにを隠そう小学校の時も鬱病になりかけ精神科にもかかったことがある
なんとも不安定なお子さんだったのです。
でもいつもはひょうきん者でアホなお子さんだったので誰もこの話を信じてくれません。
そんな記憶がよみがえり結婚もして子供が生まれたのにそんな状態に戻るのは御免だ~!
なんてことでやはり自転車しかない!!との事ではじめたのです。
まあ今回は念を入れてカウンセリングも受けましたが自転車の方が強かったです。
時を同じくして行き着けの自転車屋さんもオープンしたのでオアシスも生まれました。
ただ走ってみるとやはり環境が劣悪なのと、個々のモラルの低さにうんざりして
本当に走っていて楽しくない。
まず、道がめちゃくちゃ、自転車道があると思うとそこに車が路駐してるし、
オマワリは法律しらないし、基本的に自転車は道路では一番弱い立場なので
基本的邪魔者扱いである。
車、バイクの運転マナーの悪さはもちろんですが自転車のモラルの低さには
車が嫌がらせしてくるのもしょうがないとも思う。
それがママチャリなんかではなく趣味として乗っている人がモラルの無い走りをしている
と情けない・・・、自分も100パーセントではないにせよ、
通勤では100パーセントの交通法規遵守を心がけています・・・・、
が残念ながら朝会う自転車通勤している面々は80パーセントの確率で
信号無視などの情けない走りを堂々??として行きます。
万が一がおきた時にモラルの無い行動に巻き込まれた車の運転手などがかわいそうです。
最低限のルールは守りましょう。
2007年08月18日
怒りオヤジの愚痴1
考えてみれば香港から帰ってきて今年で10年、本当に昔話になってしまったものだ。
22歳でレースを引退してその後昔からの夢であったバイクに走った、
同時期に女にも・・・・。
失恋して、傷を癒すために出たチャレンジロードを最後に8年間ほとんんど自転車に
乗る事はなかった。
最後の愛車も最後のレースに出たまんまの状態で放置、他7台もホコリまみれ・・・。
その後、今の奥さんと出会うも、時を同じくしてバイクで大事故に巻き込まれ
バイクの道が途絶え、
同時にその時の事故でヒザに大きなダメージを受け自転車の道も途絶えた。
後遺症障害11級・・・。
次にはじめた趣味は車。
一度凝るととめどなく突き進むタイプなので車も大変な物に変化するも・・・・、
その筋のうまい人と一緒に走ると・・・・、
まったくセンスの無い事に気づく、
運転は下手ではないのだがやはり狂った人と走るとダメなようです・・・。
その後結婚を機に車は長期保存(2人しか乗れないので)
今は、無趣味?
強いて言えばもの造り、
自作、で会社の機械を使いオリジナルパーツを作ることでしょうか。
無趣味・・・、
というと嫁さんに
ふざけんな!!
と言われます。
2階にある6台の邪魔な自転車はなんだ!! と言われます・・・。
当然と言えば当然、ですが今の私には自転車は趣味の位置付けではなく、
あくまで通勤手段とモジベーションの維持の道具なのです。
行き着けの自転車屋さんでおしゃべりしてその仲間とおしゃべりするのが
今の息抜きでしょうか。
でもバイクに乗れるのならばいつでも自転車なんてやめてしまいたい!!
なんて言うのが今の口癖です、でもバイクに乗る事ががあっても
健康維持の為に自転車は乗っていくつもりですし、
自転車屋さんには通いつづけるつもりです。
なぜ、自転車なんやめてしまいたい!!
なんて思っているかといいますと・・・・。
乗る環境が劣悪であるのと個々のモラルが最悪であることでしょうか・・・・。
22歳でレースを引退してその後昔からの夢であったバイクに走った、
同時期に女にも・・・・。
失恋して、傷を癒すために出たチャレンジロードを最後に8年間ほとんんど自転車に
乗る事はなかった。
最後の愛車も最後のレースに出たまんまの状態で放置、他7台もホコリまみれ・・・。
その後、今の奥さんと出会うも、時を同じくしてバイクで大事故に巻き込まれ
バイクの道が途絶え、
同時にその時の事故でヒザに大きなダメージを受け自転車の道も途絶えた。
後遺症障害11級・・・。
次にはじめた趣味は車。
一度凝るととめどなく突き進むタイプなので車も大変な物に変化するも・・・・、
その筋のうまい人と一緒に走ると・・・・、
まったくセンスの無い事に気づく、
運転は下手ではないのだがやはり狂った人と走るとダメなようです・・・。
その後結婚を機に車は長期保存(2人しか乗れないので)
今は、無趣味?
強いて言えばもの造り、
自作、で会社の機械を使いオリジナルパーツを作ることでしょうか。
無趣味・・・、
というと嫁さんに
ふざけんな!!
と言われます。
2階にある6台の邪魔な自転車はなんだ!! と言われます・・・。
当然と言えば当然、ですが今の私には自転車は趣味の位置付けではなく、
あくまで通勤手段とモジベーションの維持の道具なのです。
行き着けの自転車屋さんでおしゃべりしてその仲間とおしゃべりするのが
今の息抜きでしょうか。
でもバイクに乗れるのならばいつでも自転車なんてやめてしまいたい!!
なんて言うのが今の口癖です、でもバイクに乗る事ががあっても
健康維持の為に自転車は乗っていくつもりですし、
自転車屋さんには通いつづけるつもりです。
なぜ、自転車なんやめてしまいたい!!
なんて思っているかといいますと・・・・。
乗る環境が劣悪であるのと個々のモラルが最悪であることでしょうか・・・・。
2007年08月18日
私が国会議員になったら・・・。
私が国会議員になったら・・・。
ありえない話ですが、私が国会議員になったら。
自転車の走れる道路整備を徹底的にやります。(環境にもいいでしょう、路駐も厳罰化)
都会の信号を最低今の1/3に減らします。(渋滞緩和とアイドリングストップ)
それに伴い交差点を立体交差やロータリーに変えます。(香港は芸術的ですよ)
車の右左折時の先の歩行者信号が青なんてナンセンスな信号方式を変えます。(同じく香港は芸術的ですよ)
基本的に車両を優先にします・・・、(アホな歩行者対策、香港は悪い方が悪いのである意味安心)
なんてね・・・・、きっと自民党に潰され・・・・・、立体交差の税金も(ちゃんと使えばあるはずですが)
とどめは、信号に関連している天下りさんとかその取り巻き、関係者からの圧力・・・・暗殺・・・・。
お金貯めてオーストラリアなんかに移住しよっと。
ありえない話ですが、私が国会議員になったら。
自転車の走れる道路整備を徹底的にやります。(環境にもいいでしょう、路駐も厳罰化)
都会の信号を最低今の1/3に減らします。(渋滞緩和とアイドリングストップ)
それに伴い交差点を立体交差やロータリーに変えます。(香港は芸術的ですよ)
車の右左折時の先の歩行者信号が青なんてナンセンスな信号方式を変えます。(同じく香港は芸術的ですよ)
基本的に車両を優先にします・・・、(アホな歩行者対策、香港は悪い方が悪いのである意味安心)
なんてね・・・・、きっと自民党に潰され・・・・・、立体交差の税金も(ちゃんと使えばあるはずですが)
とどめは、信号に関連している天下りさんとかその取り巻き、関係者からの圧力・・・・暗殺・・・・。
お金貯めてオーストラリアなんかに移住しよっと。
2007年08月18日
スポーツ選手のメンタル。
どうしても、ウォン カン ポー に勝てん!!
逆に勝っていたら大変な事になっていたが・・・。
実力では・・・・・、まあそこそこ頑張ってはいたが、最後の一息が足らん。
わたしはレースでは豪快に走っていましたが、本当はノミの心臓の小心者です。
レースはスタート直前まで不安で不安で、いくら勝利を重ねてもそれは最後まで
消える事はなかった。
たまに平地のレースなどで手を抜く時は、スタート前から勝ちに行かないので
非常にリラックスできた。
今考えるとそのレースでも真面目に走れば勝てたはずである。
そこに妥協がある、
どうせアマチュアだし・・・・、
とか
プロには勝てん・・・・、
とか特に ウォン カン ポー が来ているときは 、
「俺は良くやったよ、相手はあのウォン カン ポー だよ」
なんて思って心が折れる。
自分がプロの道に進まなかったのもこのメンタル面の弱さもあると思います。
ある意味、私はどんなプロ選手よりも ウォン カン ポー という選手を
尊敬しています。
あの集中力と、強靭な精神力、コイツには勝てないと思いました。
彼はどこにいっても、どんな大きなレースに出ても、きっと一人でアジアの強豪
と戦っているのです。
たまに雑誌のレース後記などを読んでいると、あいつは前を引かない、とか、
さっきまで死んだようだったのにいきなり逃げるとか・・・、
そんなのは力の無い者のいうセリフでついていけないあんたが悪い。
チームという後ろ盾がある奴とそれに一人で対応しなければいけない奴、
純粋に勝つために身に付けた戦略というものでしょう。
それを知っていても3回もやられていれば情けないね。
あんまり喧嘩を売ると・・・、お前は何ぼのもんじゃいなんて事になっちゃうの
で・・・・。
それにしても、某国技のチャンピヨン、
情けないね~、あんなのでよくチャンピヨンになれたね~。
某国技の方が鬼のような精神力が必要だと思うのですが、
うそ臭く見えるのは私だけでしょうか・・・。
逆に勝っていたら大変な事になっていたが・・・。
実力では・・・・・、まあそこそこ頑張ってはいたが、最後の一息が足らん。
わたしはレースでは豪快に走っていましたが、本当はノミの心臓の小心者です。
レースはスタート直前まで不安で不安で、いくら勝利を重ねてもそれは最後まで
消える事はなかった。
たまに平地のレースなどで手を抜く時は、スタート前から勝ちに行かないので
非常にリラックスできた。
今考えるとそのレースでも真面目に走れば勝てたはずである。
そこに妥協がある、
どうせアマチュアだし・・・・、
とか
プロには勝てん・・・・、
とか特に ウォン カン ポー が来ているときは 、
「俺は良くやったよ、相手はあのウォン カン ポー だよ」
なんて思って心が折れる。
自分がプロの道に進まなかったのもこのメンタル面の弱さもあると思います。
ある意味、私はどんなプロ選手よりも ウォン カン ポー という選手を
尊敬しています。
あの集中力と、強靭な精神力、コイツには勝てないと思いました。
彼はどこにいっても、どんな大きなレースに出ても、きっと一人でアジアの強豪
と戦っているのです。
たまに雑誌のレース後記などを読んでいると、あいつは前を引かない、とか、
さっきまで死んだようだったのにいきなり逃げるとか・・・、
そんなのは力の無い者のいうセリフでついていけないあんたが悪い。
チームという後ろ盾がある奴とそれに一人で対応しなければいけない奴、
純粋に勝つために身に付けた戦略というものでしょう。
それを知っていても3回もやられていれば情けないね。
あんまり喧嘩を売ると・・・、お前は何ぼのもんじゃいなんて事になっちゃうの
で・・・・。
それにしても、某国技のチャンピヨン、
情けないね~、あんなのでよくチャンピヨンになれたね~。
某国技の方が鬼のような精神力が必要だと思うのですが、
うそ臭く見えるのは私だけでしょうか・・・。
2007年08月10日
ジャイアン現る!!
一人暮らしをはじめて早半年がたとうとしていました。20歳になったばかりの5月だったかな~?
私の香港での生活が大きく変わる一人の男との出会いである。
多分、私は今のところ32年しか生きていないですが、
人生のなかで一番輝いた思い出の出来事の始まりでした。
いつもどおり日曜日にビクトリアピークに走りに出かけいつもどおりビッグジョンの集団
に出会い仕掛け始めるも、いつもと人数が違うことに気づいた。
ダラダラと登る香港人の集団、なかなかビックジョンに出会わない・・・と、
そこに面白いジャージを着た大柄の男が目にはいる。
なんと日本のナショナルジャージを着ているのだ!!、
あれって売ってったっけ??。
当時のナショナルジャージはダサく白地に日の丸が胸元についているシンプルな物でした
が、今考えると今のジャージと比べると日本らしいいといえば日本らしい。
そして、きっとこの人は日本人に違いないと思い小心者の私が意をけっしってその人に走
りながら話かけてみた、
「アーユージャパニーズ? 日本人ですか?」たしかこう言ったと思う、
そうしたら片言の英語でなにやら話しているが逆に日本人か?と聞き返されたと思う。
これが香港でのかけがえのない友人のジャイアンこと リョン ワイ チュウ との出会
いである。
その後ビックジョンを見つけペースを上げたらあえなくジャイアンはちぎれていきまし
た、この日の私はやたら気合バリバリでビッグジョンと張り合うと鬼のようなペースでち
ぎり大声で「もう終わりか~」と叫んだ!!
いつもは頂上で折り返してすぐ帰ってしまうが、
その日はかなり頑張ったので頂上でクールダウンをしていた
、程なく集団があがってきてさっきのジャイアンが一緒に来いよ~と誘ってくれました。
いつもこの集団は頂上のスーパーで休憩するらしい。
その中で話しに混ぜてもらうもまだ話が全然わからないので片言と筆談でコミニュケーシ
ョンをとる、まず彼の国籍だがやはり日本人ではなく香港人。
次にナショナルジャージの事を聞いてみると、なんと元シマノで現インターマックス代表
の今中大介氏からレース後にもらった物らしい。
ただこのジャージがなければきっとこの出会いはなかったであろう。
彼らの話の中では私は結構噂になっていたらしい、
やたら速い奴にたまに出会う、とかで。
だから話が話しに溶け込むのにはそんなに時間はかからなかった、
そしてまた一緒に走ろうとの事で連絡先を交換しました・・・・。
そうしたら重大な事実が発覚したのだぁ~!!!
なんと!!!なんと!!!ジャイアンは家のマンションの前のマンションの住民だったの
だぁ~!!!
よ~く見るとお互いの部屋も見える位置にもあるのだ。
半年間まったく気づかなかった・・・・。
そこから彼の紹介で5月中に香港レースデビューするのであった。
写真は最後に彼に会った1999年頃の物
2007年08月10日
ヒルクライムが速くなる方法。
ヒルクライムが速くなる方法。
ヒルクライムが速くなる方法・・・・・、
誰にも教えて ないんですけどね・・・・・、
秘密ですよ・・・・。
それは、登りを好きになること・・・・、
それだけ・・・・、
ぶっ飛ばされますね・・・。
でも、これが一番重要!!。
好きにならなければ一向に速くねれないぜよ。
好きになるっていっても、一概に簡単ではない、継続は力なり!!
やはり徹底的に走りこんでまず無駄な贅肉を削ぎ落とすこと、
効率の良いペダリングを覚える、
登りをダンシングのみで走ると結構良いトレーニングになりますぜ。
最近、自転車通勤で平地、登りを問わずダンシングのみで走り続ける
もやはり平地ではいまいち擬古地なくなってしまう、
やはり登りの方がポジション的にもダンシングに向いているような。
スポーツクラブなんかで鍛えるのもよろしいが、
登りでダンシングのみで登っていくとかなり追い込んだトレーニング
ができるし、手っ取り早く筋トレもこなせる。
大体15分くらいX3本やれば速くなれますよ・・・・。
死ぬほどきついですけど・・・・。
これができれば同じくアウタートップでダンシング、
そんでシッテイングもできるようになりますよ。
こんなトレーニングを繰り返し、何年も破られなかった
ヒルクライムの香港記録を30秒以上塗り替えました。
多分今はまた塗り替えられたかもしれませんが・・・・、
負け惜しみを言わせていただきますと・・・・・、
機材の進化でしょうか・・・・、
コンパクトドライブもなかった時代でしたので・・・・、
そこで結論!、
追い込んで、追い込んで、最終的に機材を投入する。
最初からいい機材を使っても伸びませんよ~、
半分買えないひがみが含まれております。
ヒルクライムが速くなる方法・・・・・、
誰にも教えて ないんですけどね・・・・・、
秘密ですよ・・・・。
それは、登りを好きになること・・・・、
それだけ・・・・、
ぶっ飛ばされますね・・・。
でも、これが一番重要!!。
好きにならなければ一向に速くねれないぜよ。
好きになるっていっても、一概に簡単ではない、継続は力なり!!
やはり徹底的に走りこんでまず無駄な贅肉を削ぎ落とすこと、
効率の良いペダリングを覚える、
登りをダンシングのみで走ると結構良いトレーニングになりますぜ。
最近、自転車通勤で平地、登りを問わずダンシングのみで走り続ける
もやはり平地ではいまいち擬古地なくなってしまう、
やはり登りの方がポジション的にもダンシングに向いているような。
スポーツクラブなんかで鍛えるのもよろしいが、
登りでダンシングのみで登っていくとかなり追い込んだトレーニング
ができるし、手っ取り早く筋トレもこなせる。
大体15分くらいX3本やれば速くなれますよ・・・・。
死ぬほどきついですけど・・・・。
これができれば同じくアウタートップでダンシング、
そんでシッテイングもできるようになりますよ。
こんなトレーニングを繰り返し、何年も破られなかった
ヒルクライムの香港記録を30秒以上塗り替えました。
多分今はまた塗り替えられたかもしれませんが・・・・、
負け惜しみを言わせていただきますと・・・・・、
機材の進化でしょうか・・・・、
コンパクトドライブもなかった時代でしたので・・・・、
そこで結論!、
追い込んで、追い込んで、最終的に機材を投入する。
最初からいい機材を使っても伸びませんよ~、
半分買えないひがみが含まれております。
2007年08月09日
ついにやっちまった・・・。
ついにやっちまった・・・。
道路交通法が改正されて、路駐の取締りが強化されて早1年あまり、
皆様は路駐は減ったと思いますか?
私はあまり変らないと思います。
自転車通勤でやはり路駐している車を避けるのはある意味命懸けです。
いつものように走っていると国道1号のいつもの場所にいつもの邪魔
な車が路駐している。
でも今日はその近くを警察のカブがトトト~と走っていた・・・・、
そんで素通り・・・・、オイ!
そこで、スイッチオン!! そこからカブを追いかけ横に並び
「お前!何やってんだよ!!邪魔な路駐何とかせい!!」と怒鳴っ
た・・・・・、
そこでミスった・・・・、
どんな人でもいきなり お前!!なんて言われると怒りますわな~。
そこで走り去ればよかったのだが、あの素通りをして何もしない態度
に切れて止まって文句をいう。
そんで警察官が逆切れ、
「何だ!その態度は!!」
こっちも引かずに 「お前!!」を連発。
そんだけ、毎日車に対して、中途半端な法律に対して、なにもしない
警察に対して、ストレスを抱え走っている訳なので当然と
言えば当然。
ただ今回警察官が強気なのは、少し前にその車に対して取り締まり
をしたらしく、違反票を貼っていたらしい、
それを知らずに怒鳴っていた自分はまだまだ若いな~なんて思った。
少し冷静になり、お前発言を謝罪しこっちの苦情をぶちまける、
同じよう苦情がライダーたちから寄せられいるらしい(それでも何も
しない!!)。
でも今日のはたまたまそこにいた警察官が素通りして切れた
だけの話であり、本当はもっと危険な場所がこの2KMほど先にあるの
だ。
そこは10年近く前に3車線あった道路が広い2車線になった時、
必然的に路肩も広くなりそこにダンプが多い時には10台以上堂々と
路駐(停車)している場所である。
寝てる奴、道路で仲間と話している奴最悪なのはドアを突然開ける奴
と、道路に出てくる奴。当然広いとはいえ走る時は車線の真ん中まで
出ないと危なくてしょうがない、
当然クラクション鳴らす奴もいれば、幅寄せする奴もいる、
さらにダンプが路駐している中間地点に小道からの交差があり、
その車も当然車線の真ん中くらいまで飛び出してくる。
本当に危険です、当然事故もあった(バイク)みたいですが実質10年
間放置です。
多分、現行法では取り締まれないとは思いますが、警告ぐらいはでき
るはずです。
それを、この警察官に訴えると・・・・、
その信号から先は管轄外・・・・、
そんな答え。
カチンときたが、所詮サラリーマンに毛の生えた程度の日本の警察、
多くは望めません・・・・。
とりあえずその警察官にそっちの管轄の警察署にクレームを伝えるよ
うにお願いしたが・・・・、
無理でしょう・・・、
でも、もし、願いが通じてその場所から継続的にトラックが消えたと
きは、
素直に「ありがとうございました。」とその警察官に伝えたいと
思います。
ちなみに、朝取り締まられた車は・・・・・、
夜まで止まってました・・・・。
意味ないね。
道路交通法が改正されて、路駐の取締りが強化されて早1年あまり、
皆様は路駐は減ったと思いますか?
私はあまり変らないと思います。
自転車通勤でやはり路駐している車を避けるのはある意味命懸けです。
いつものように走っていると国道1号のいつもの場所にいつもの邪魔
な車が路駐している。
でも今日はその近くを警察のカブがトトト~と走っていた・・・・、
そんで素通り・・・・、オイ!
そこで、スイッチオン!! そこからカブを追いかけ横に並び
「お前!何やってんだよ!!邪魔な路駐何とかせい!!」と怒鳴っ
た・・・・・、
そこでミスった・・・・、
どんな人でもいきなり お前!!なんて言われると怒りますわな~。
そこで走り去ればよかったのだが、あの素通りをして何もしない態度
に切れて止まって文句をいう。
そんで警察官が逆切れ、
「何だ!その態度は!!」
こっちも引かずに 「お前!!」を連発。
そんだけ、毎日車に対して、中途半端な法律に対して、なにもしない
警察に対して、ストレスを抱え走っている訳なので当然と
言えば当然。
ただ今回警察官が強気なのは、少し前にその車に対して取り締まり
をしたらしく、違反票を貼っていたらしい、
それを知らずに怒鳴っていた自分はまだまだ若いな~なんて思った。
少し冷静になり、お前発言を謝罪しこっちの苦情をぶちまける、
同じよう苦情がライダーたちから寄せられいるらしい(それでも何も
しない!!)。
でも今日のはたまたまそこにいた警察官が素通りして切れた
だけの話であり、本当はもっと危険な場所がこの2KMほど先にあるの
だ。
そこは10年近く前に3車線あった道路が広い2車線になった時、
必然的に路肩も広くなりそこにダンプが多い時には10台以上堂々と
路駐(停車)している場所である。
寝てる奴、道路で仲間と話している奴最悪なのはドアを突然開ける奴
と、道路に出てくる奴。当然広いとはいえ走る時は車線の真ん中まで
出ないと危なくてしょうがない、
当然クラクション鳴らす奴もいれば、幅寄せする奴もいる、
さらにダンプが路駐している中間地点に小道からの交差があり、
その車も当然車線の真ん中くらいまで飛び出してくる。
本当に危険です、当然事故もあった(バイク)みたいですが実質10年
間放置です。
多分、現行法では取り締まれないとは思いますが、警告ぐらいはでき
るはずです。
それを、この警察官に訴えると・・・・、
その信号から先は管轄外・・・・、
そんな答え。
カチンときたが、所詮サラリーマンに毛の生えた程度の日本の警察、
多くは望めません・・・・。
とりあえずその警察官にそっちの管轄の警察署にクレームを伝えるよ
うにお願いしたが・・・・、
無理でしょう・・・、
でも、もし、願いが通じてその場所から継続的にトラックが消えたと
きは、
素直に「ありがとうございました。」とその警察官に伝えたいと
思います。
ちなみに、朝取り締まられた車は・・・・・、
夜まで止まってました・・・・。
意味ないね。
2007年08月08日
自転車のカッコってど~よ。
自転車に乗って早16年(幽霊期間ふくむ)いまだにあのピチピチモッコリパンツがどうも嫌い・・・。
私が高校生のころは同じ年頃の女の子に自分の趣味のことを話すと・・・・。
え~、あのピチピチパンツとかはいてるの~、チョべりバ~ と言ったがどうかは知らんが
ピチピチパンツについては常に話題に上がってた。
ピチピチパンツに変なサングラス、アンド、エイリアンのようなメット、外人には似合いそうだが
メタボバリバリのオッサンが出た腹を更に強調するピチピチシャツ、 キモいの一言に尽きる。
さらに微妙な股間周り・・・・、たまに外人のプロの写真を見るとそのシルエットがあらわな場合も
結構な物をお持ちで・・・・。
最近やっとあの格好が受け入れられつつなってはきたが、まだ一人ではコンビニに入る自信が
ないです。
でもそのカッコが自転車競技をやる上でもっとも最適なカッコであることは事実です。
数年前、嫁さんが専門学校の学生だった頃(文○服飾学院)ヘビーな課題を変わりにやった
事があった、たしかスポーツウエアの何たらかんたらとかいう課題だった。
今だから言いますがあれは私の作品です!!
自転車のウエアのウンチクをオタクの視線で書いたら、なんと優秀課題でかなり大勢の生徒
の前で発表する事に・・・・・。嫁さんタジタジ・・・・。
まあ専門家からもお墨付きのカッコってことですね。
でもサングラスがなんとかならないかな~、サングラス単体ならカッコがいいんだけど・・・・。
なんかピチピチパンツに合ってないような~、と思うのは私だけでしょうか?・・・・。
2007年08月08日
香港自転車会にあいさつ。
香港に移り住んで半年近くがたったころ大分行動範囲も広がりついにビクトリアピークに進出、ぞくにいう百万ドルの夜景ですわ。香港に観光に行ったことがある方は必ず行く場所です、そこを毎週日曜日に走るようになりました。住んでる所は連なる山の中腹にあるのですが高低差はたぶん200M位でしょうか?
中腹の登り始めから頂上まで5KMほどだったかな。勾配はわからないけど(計算しろよ)だいたい自転車をかじっている人と走って時速17キロぐらいならついてこれるがそれ以上ペースをあげるとついてこれる人はなかなかいません、というくらいの勾配です。そこでこの頃不定期に走っている人に出くわすようになる。
身長は190CM超、外人さんと香港人が数人、やっとめぐりあえた!!というのも
つかの間、最近妄想レースに飽き飽きしていてたまには生身の人間を食いてぇ~とのことで早速挨拶なしでしかける、香港人はあっけなく千切れたが巨大な外人はついてくる!!これが待ち望んでいたリアルだぁ~!抜きつ抜かれつで一歩も引かず初戦は引き分け!これが私が香港のレースに本格参加する前の
いずれ所属することになるチームのエースビッグジョンとの出会いである。
彼はオーストリア(現オーストリー)出身で奥様は中国人らしい。名前はジョン・ローウィン、見たまんまでかいのでビックジョンである。何回か不定期に交戦するうちにまたステップアップを実感するようになる。完全にビッグジョンを食ってしまったのである、と同時に自分に登りの素質があるのでは?と意識しはじめる。
このビッグジョンは私の走りに影響を与えるある行動をする。なんだ?手鼻だ!
汚いがレースでは非常に大事なことである。気道が確保できないと当然走りに影響する、彼の手鼻は私には衝撃的だった、今まで手鼻の存在すらしらなかった私にはレーパンはノーパンで履くのよと同じくらいの発見だった。
はじめは後ろにくっつくとでかいケツといつ飛んでくるがわからない鼻水に
おびえてたが、あれがなけばステップアップはなかったでしょう。
今では手鼻マイスターですわ。ありがとうビックジョン。
中腹の登り始めから頂上まで5KMほどだったかな。勾配はわからないけど(計算しろよ)だいたい自転車をかじっている人と走って時速17キロぐらいならついてこれるがそれ以上ペースをあげるとついてこれる人はなかなかいません、というくらいの勾配です。そこでこの頃不定期に走っている人に出くわすようになる。
身長は190CM超、外人さんと香港人が数人、やっとめぐりあえた!!というのも
つかの間、最近妄想レースに飽き飽きしていてたまには生身の人間を食いてぇ~とのことで早速挨拶なしでしかける、香港人はあっけなく千切れたが巨大な外人はついてくる!!これが待ち望んでいたリアルだぁ~!抜きつ抜かれつで一歩も引かず初戦は引き分け!これが私が香港のレースに本格参加する前の
いずれ所属することになるチームのエースビッグジョンとの出会いである。
彼はオーストリア(現オーストリー)出身で奥様は中国人らしい。名前はジョン・ローウィン、見たまんまでかいのでビックジョンである。何回か不定期に交戦するうちにまたステップアップを実感するようになる。完全にビッグジョンを食ってしまったのである、と同時に自分に登りの素質があるのでは?と意識しはじめる。
このビッグジョンは私の走りに影響を与えるある行動をする。なんだ?手鼻だ!
汚いがレースでは非常に大事なことである。気道が確保できないと当然走りに影響する、彼の手鼻は私には衝撃的だった、今まで手鼻の存在すらしらなかった私にはレーパンはノーパンで履くのよと同じくらいの発見だった。
はじめは後ろにくっつくとでかいケツといつ飛んでくるがわからない鼻水に
おびえてたが、あれがなけばステップアップはなかったでしょう。
今では手鼻マイスターですわ。ありがとうビックジョン。
2007年08月07日
とは言う物の・・・。
とは言う物の・・・。香港到着とともにいきなり中国の工場へつれていかれる。
そこで生まれて初めてのカルチャーショック!!。
1994年当時はやれよやれよと日本企業の進出ラッシュではあったがまだ
経済特区外では道もろくに整備されていない荒地で交通ルールはあってないようなものです。
車で移動中にラリーにでも参加しているのではと思うくらい危険がいっぱいでした。
とりあえず未舗装で逆走はあたりまえ、基本はハイビーム、クラクション大忙し、とどめは真っ暗。
夜も遅く工場にちょこっと顔を出し徒歩でホテル?へと向かう。途中街灯も無い道を歩くが妙なことに気づく
マンホールの蓋が無いのだ・・・、つい最近も香港人の社員がマンホールにはまったらしい。
話によると金目の金属は売られてしまうらしい・・・。つい最近の日本でも似たようなことありましたよね~。
次に周りに目をくばるとなにやらうごめく物が・・・。通り道は新興住宅街にするみたいで未完成の家がズラ~っと並んでいましたがなにやらそこに人が住んでいるみたい・・・。
襲ってはこなそうですが一人じゃ歩けない、それと懐中電灯は上と下を照らすので最低2本は必要なことを学んだ。
ホテルに着くと受付は檻の中?どっちが中だか解らないが・・・、とりあえず自分の中のセンサーが中学時代に金髪のヤンキー軍団に職務質問を受けた時以来の働きをみせた。
パスポートが必要と思いカバンに手を突っ込むと檻の向こうのマッチョなおじさんがスッと警棒を握り締める
え~、こんなに危険なの~、死んじゃうかも。幸いその1晩で無事開放され電車で文明の香港へ帰ることとなりました。
厳密に言うと歩いて越境する訳ですが川を境に国境がありこっちと向こうでは本当に文明(94年当時)へようこそ
てな感じでしたね~。越境する前に香港人は中国元を無理やり処分します。当時の中国元は非常に弱く香港人からは
トイレットペーパーなどと呼ばれておりました。
一晩でしかもいきなり初日から10年分の経験をしましたね~。
そこで生まれて初めてのカルチャーショック!!。
1994年当時はやれよやれよと日本企業の進出ラッシュではあったがまだ
経済特区外では道もろくに整備されていない荒地で交通ルールはあってないようなものです。
車で移動中にラリーにでも参加しているのではと思うくらい危険がいっぱいでした。
とりあえず未舗装で逆走はあたりまえ、基本はハイビーム、クラクション大忙し、とどめは真っ暗。
夜も遅く工場にちょこっと顔を出し徒歩でホテル?へと向かう。途中街灯も無い道を歩くが妙なことに気づく
マンホールの蓋が無いのだ・・・、つい最近も香港人の社員がマンホールにはまったらしい。
話によると金目の金属は売られてしまうらしい・・・。つい最近の日本でも似たようなことありましたよね~。
次に周りに目をくばるとなにやらうごめく物が・・・。通り道は新興住宅街にするみたいで未完成の家がズラ~っと並んでいましたがなにやらそこに人が住んでいるみたい・・・。
襲ってはこなそうですが一人じゃ歩けない、それと懐中電灯は上と下を照らすので最低2本は必要なことを学んだ。
ホテルに着くと受付は檻の中?どっちが中だか解らないが・・・、とりあえず自分の中のセンサーが中学時代に金髪のヤンキー軍団に職務質問を受けた時以来の働きをみせた。
パスポートが必要と思いカバンに手を突っ込むと檻の向こうのマッチョなおじさんがスッと警棒を握り締める
え~、こんなに危険なの~、死んじゃうかも。幸いその1晩で無事開放され電車で文明の香港へ帰ることとなりました。
厳密に言うと歩いて越境する訳ですが川を境に国境がありこっちと向こうでは本当に文明(94年当時)へようこそ
てな感じでしたね~。越境する前に香港人は中国元を無理やり処分します。当時の中国元は非常に弱く香港人からは
トイレットペーパーなどと呼ばれておりました。
一晩でしかもいきなり初日から10年分の経験をしましたね~。
2007年08月07日
やっぱり邪魔なのね。
暑くなり自転車通勤のつらい季節になってまいりました。
わたくしも背油ダルダルでがんばっております。
自転車通勤しているとやっぱり嫌なのは路駐の車ですな。
どうしても避ける為にどうしても車道の真ん中にふくらみます。
今日はまたまた幅寄せされてしまいました・・・・、
というか限りなくグレーな幅寄せ・・・。
いつもどおり路駐の車を避けて、1台、2台と良心的に後ろの車を
パスさせ端っこに移動していたら、
邪魔した覚えがないのに妙に寄せて抜いていく古い外車が1
台・・・・、でも寄方が中途半端で
う~ん、今の幅寄せなのかな~?と思いでも幅寄せっぽかったな~?
よし!確認してみよう!
と思い追跡開始!案の定先の信号で捕まっていたので つーっと冷た
い視線を(ガンつけるというか軽蔑っぽい視線)送ってみた、
じ~っと見つめていると、最初は気づいてなかったがこっちに気づき
エッっというか、ハッというかそんな表情で即座に目をそらした。
あっ、やっぱり幅寄せしたんだな~っとそのとき確信。
そこからおちょくりモードに変更。
急いで逃げるように逃走するもすぐ追いつく・・・・。
そんでもって真横につけて信号待ち、
左ハンドルだから近い!!、あえて視線を送らずすぐ
横につけオーラで圧倒、
なんだか 「オマエが生まれる前から運転してんだ!自転車は歩道走れ!」
と言いそうな年代の60代くらいのおじ様でございました。
これでまた一台自転車をナメているドライバーを今回はジェントルに
更正させたとさ・・・・・。
多分ムリ・・・・。
2007年08月06日
香港での自転車通勤
自転車通勤はじめる。 香港のビバリーヒルズから香港の蒲田へ通勤です。基本的に山の手からの通勤なので行きはよいよい帰りは登りなのです。
距離は10~12キロぐらいだったかな、所要時間は忘れてしまった~。皆さんが香港に抱くイメージとは?ごみごみした町?車がいっぱい?
とんでもございません。これだけ自転車に良い環境はないと思うほどすばらしい。たしかに道は狭いですが、どこぞやの国のような中途半端な法律、
それを監視する中途半端なおまわりさん、そんな人は香港にはおりません。しっかりとした法律に怖いおまわりさんによりすばらしく秩序が守れれております。
治安ははっきりいいますと日本よりは良いのではないかと・・・。とにかくおまわりさんが多いこと多いこと、犬も歩けばというほどで、だから平和なのでしょう。
現地で騙される日本人のみなさん、なぜ騙されるかというと、日本人が出す独特なオーラが丸出しだからです。まず現地民になりましょう。騙されることはないです。
香港がなぜに走りやすいかと申しますと、まず路上駐車が日本より厳しいので邪魔な車がない、基本的に都市部は駐停車禁止です、当然タクシーも、荷下ろしの
トラックも、ただ日本と違うのは、タクシーだけ止まれる場所、トラックだけ止まれる場所がかなり効率よく決まっていてあまり不便でないこと。
どこぞやの役人さん、夏が近くなると税金つかって視察行きますが本当に視察してます??。こういうのを見習いなさい。
交番についても一言、日本の誇る交番!私から言わしてもらいますと税金の無駄でしょう。だって人がいないんだもん、いても奥の部屋で鍵かけてお茶してるし
とても緊急に対応できると思えない。一方香港ではどうしているかというと、10人乗りのベンツのバンにおまわりさんが乗ってきて繁華街にバンっととめて
そこからきめ細かく徒歩で警戒にあたります、移動交番て感じでしょうか、仕事もしてますって感じです。つい最近近所の人がいるかいないかわからない交番
が新築されました・・・・、もったいね~。
また脱線してしまった。
距離は10~12キロぐらいだったかな、所要時間は忘れてしまった~。皆さんが香港に抱くイメージとは?ごみごみした町?車がいっぱい?
とんでもございません。これだけ自転車に良い環境はないと思うほどすばらしい。たしかに道は狭いですが、どこぞやの国のような中途半端な法律、
それを監視する中途半端なおまわりさん、そんな人は香港にはおりません。しっかりとした法律に怖いおまわりさんによりすばらしく秩序が守れれております。
治安ははっきりいいますと日本よりは良いのではないかと・・・。とにかくおまわりさんが多いこと多いこと、犬も歩けばというほどで、だから平和なのでしょう。
現地で騙される日本人のみなさん、なぜ騙されるかというと、日本人が出す独特なオーラが丸出しだからです。まず現地民になりましょう。騙されることはないです。
香港がなぜに走りやすいかと申しますと、まず路上駐車が日本より厳しいので邪魔な車がない、基本的に都市部は駐停車禁止です、当然タクシーも、荷下ろしの
トラックも、ただ日本と違うのは、タクシーだけ止まれる場所、トラックだけ止まれる場所がかなり効率よく決まっていてあまり不便でないこと。
どこぞやの役人さん、夏が近くなると税金つかって視察行きますが本当に視察してます??。こういうのを見習いなさい。
交番についても一言、日本の誇る交番!私から言わしてもらいますと税金の無駄でしょう。だって人がいないんだもん、いても奥の部屋で鍵かけてお茶してるし
とても緊急に対応できると思えない。一方香港ではどうしているかというと、10人乗りのベンツのバンにおまわりさんが乗ってきて繁華街にバンっととめて
そこからきめ細かく徒歩で警戒にあたります、移動交番て感じでしょうか、仕事もしてますって感じです。つい最近近所の人がいるかいないかわからない交番
が新築されました・・・・、もったいね~。
また脱線してしまった。
2007年08月06日
クラインのMC用のアルミ削り出しワンオフステム
クラインのMC用のステム。
このMTBにブルホーンをつけようと思ったのが事の始まり。
当時のクラインは専用品が多く、(今はプライドの無い残念メーカー)
何をするにもお金がかかります・・・。
結婚してさらにお金が無くなり、無いものは作れとのことで自作。
当時は135mmなるステムが流行った時代なのでトップの長いクラインは
さらに長くなる、一時期これにロード用のスピナッチをつけ、
MTBクリテでオブリースタイルモドキで爆走しておりました。
時が立ちお腹が出てきて・・・・、135mmでは豚の丸焼き状態になって
しまうので、体に合うステムを製作。
当時は今ほど製作ノウハウが無く素材は5000系をつかってました。
当然やわいので肉厚を増してつくりました。
そうしたら・・・・、ハンドルが付いているMC2より重い・・・。
しかもまだアルマイト業者を探していたときなのでしばらく裸のまま
使っておりました。
アルマイト業者も見つかり今は赤く渋く光っております。
かっちょえ~。
2007年08月02日
間違いの始まり
今日は32歳の誕生日でございます。っていうんでなにか始めてみようってことでブログ始めてみました。
内容は以前住んでいた香港の怪しい出来事やら以前の趣味の自転車、今の家庭の義務の自転車通勤など
を中心に書いてみようかなと・・・。初心者なものでまだ彩りがないですが少しずつ進化してみようかなと。
19歳で香港に仕事の修行で渡りそこで以前から続けていた自転車レースが自分の想像もつかない方向
にいってしまったことをまず始めに書いてみよう。
日本にいた頃はまだ高校生で当然貧乏、レースはチャレンジロードくらいにしか出たことが無く
興味はあったけど出なかった。
でもそのチャレンジでいきなり(自慢するほどでもないですが・・・)9位で入賞してしまったのが
そもそもの間違いの始まりです。
その後、練習中に妄想レースでジャンニ・ブーニョ、クレッグ・レモン、などのビックネームに
勝利するも所詮は妄想であります。
そんなこんなで自転車2台をもち香港へ・・・。
内容は以前住んでいた香港の怪しい出来事やら以前の趣味の自転車、今の家庭の義務の自転車通勤など
を中心に書いてみようかなと・・・。初心者なものでまだ彩りがないですが少しずつ進化してみようかなと。
19歳で香港に仕事の修行で渡りそこで以前から続けていた自転車レースが自分の想像もつかない方向
にいってしまったことをまず始めに書いてみよう。
日本にいた頃はまだ高校生で当然貧乏、レースはチャレンジロードくらいにしか出たことが無く
興味はあったけど出なかった。
でもそのチャレンジでいきなり(自慢するほどでもないですが・・・)9位で入賞してしまったのが
そもそもの間違いの始まりです。
その後、練習中に妄想レースでジャンニ・ブーニョ、クレッグ・レモン、などのビックネームに
勝利するも所詮は妄想であります。
そんなこんなで自転車2台をもち香港へ・・・。
2007年08月02日
キャノンデ-ル万歳!!
キャノンデ-ル万歳!!・・・・、とは書いたもののキャノンデ-ルを持っている訳ではない。
なぜ? というと、頑なにメイドインUSAにこだわり、なによりそのデザインとスタイルは賞賛に
値する。 欲しい!!とは思うのですが時すでに遅し・・・・、結婚という鎖につながれ
10年前の愛車たちを維持するので精一杯です。
今回、クランクを自作したのですが、このクランクにもキャノンデールの影響がひしひしと・・・・。
って、全然似てないじゃん!! と自分に突っ込み話しを続けよう。
何に影響受けているかというと、まずその設計の斬新(無謀)さ、そしてうまく生産コストを考慮して
デザインされる機能美。
一番驚いたのが、一昔まえのMTB用のコーダクランク、チェーンリングをセパレートに
なぜ? というと、頑なにメイドインUSAにこだわり、なによりそのデザインとスタイルは賞賛に
値する。 欲しい!!とは思うのですが時すでに遅し・・・・、結婚という鎖につながれ
10年前の愛車たちを維持するので精一杯です。
今回、クランクを自作したのですが、このクランクにもキャノンデールの影響がひしひしと・・・・。
って、全然似てないじゃん!! と自分に突っ込み話しを続けよう。
何に影響受けているかというと、まずその設計の斬新(無謀)さ、そしてうまく生産コストを考慮して
デザインされる機能美。
一番驚いたのが、一昔まえのMTB用のコーダクランク、チェーンリングをセパレートに
