怪しい香港人の自転車日記 1994年から1998年まで香港に滞在し仕事の傍ら自転車レースに没頭する、当時を振り返る日記。AND趣味の自作パーツの製作日記

最近香港レース話がないな・・・。

最近思い出話(昔の自慢話か?)を書いてないな・・・。

ツアーオブサウスチャイナも終わり本格帰国モードに

入り夜な夜な繁華街を遊び歩いていた98年の春・・・。

そういえば自転車人生の最後の大舞台ツールド台湾が

あったではないか。

自分にはプロで食っていくセンスと根性がないと気づき

こいつを最後のレースにしてやろうと考えておりました。

金出してくれるスポンサーにはいい迷惑ですが、そこら辺は

ワタシチュウゴクゴワカラナ~イアルよ的発想で

最後のチャレンジに出ることに。

香港国内レースも残りわずかとなり派遣が決定していた

私はチームメイトが一人でも多く出れるように

残りレースはでしゃばらずアシスト(サボタージュ)

に回ることに(勝手に)。

大概みんな私にしつこいぐらいべったりマークしてくるので

逆にそれを利用し破壊工作的走りをしレースを壊して

いました。(迷惑な・・・・)

香港選抜Bみたいな形で2人ほどチームに引き入れました。



私は何処にいるでしょう?

前の方にいる赤いジャージどえす。
近くの赤いジャージがチームメイトのエリック(米)
日本のエザックチームの中川選手と山田選手の姿も。





香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 16:41 | コメント(0)| トラックバック(0)

ツアーオブサウスチャイナシ-7



レ-ス後たそがれる怪しい香港人・・・、

みたいな写真ではありますが・・・・、

ツアーオブサウスチャイナシ-が終わりCMSチームでも

十分戦えるという手ごたえをつかんだレースでした。

が、実際はチームプレーなどは存在せずおのおの個人で

戦っていた感じでもありました。

それを考えると ウォン カン ポー の強さが身に

しみました。

こいつには勝てない。

でも考えてみると本当にオッサンたちが趣味で始めた

チームがここまでこれたのも本当に奇跡でした。

そして香港という国は少なくても日本よりスポーツにおいて

チャンスがある事がわかりました。

うかうかしているとアジアの小国に抜かれるぞ日本。


そしてこの後CMSチームはアジアのビックレース

ツールド台湾に出場することがきまりました。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 18:32 | コメント(0)| トラックバック(0)

ツアーオブサウスチャイナシ-6



最終ステージのポイントレース、基本的に苦手だがある人物の一言により
ぶちかます。
シマノレーシングより2名の選手が派遣されていた。
一人は今西選手(現第二監督)一人は、うーん顔は有名なのだが
名前が一致しない、松井 久選手だったかな~
とにかくトラックレースが得意な選手です。
その選手が総合のポイントに絡んでいたらしく・・・、
「よし!君は今日逃げなさい!そしてポイントを荒らしなさい!」
と指令を受けた。同じ日本人であることと雲上人から指令を受けた事
に感激を受け無謀に逃げる事にした。
そんなこんなでレースはスタート、いつ逃げてやろうかと思っていたが
ワタクシせっかちでアホなので数週もしないうちにアタックをかけた。
最終日なので皆さんやる気がないのか数名しか追ってこない。
イノアックデキの新谷さんだったけな~、新保さんじゃないはず、
が逃げに加わり、モンゴル、中国、と香港の リョン チー ハンの
5~6人の逃げが始まった。
規則正しく先頭交代をし、ポイント付近では駆け引きがあるが永遠と
逃げ続けた、恐らく集団では藤野選手をはじめとする日本選手が睨みを
利かせていたに違いない。どちらにしても日本、香港にはおいしい展開。
途中のポイントも多分取れたと思いますが最後になるにつれ段々駆け引き
が始まる。がんばってはみたがやはり不得意分野なので段々きつくなる
遅れそうになる私に気合を入れてくれたのが以外にもモンゴルの選手、
鍛え抜かれた無駄のない筋肉が非常に美しかったと印象に残る選手でした、
しかし国の問題もあり、機材はその当時から更に10年も前の機材なので
一緒に走っているのが不思議なくらいでした。
途中、ボトル水を分け与えるなど美しいスポーツマンシップがあふれた
光景でした。
だが最終回、中国の選手が一気にペースを上げたためたまらず遅れる、
リョン チー ハンが待っててくれてはいたものの結局6位に終わった。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 18:01 | コメント(0)| トラックバック(0)

ツアーオブサウスチャイナシ-5



そんなこんなで浮かれていたがこれはステージレースなので当然次の
ステージが待っている。

暫定2位!! いい響きだがあっという間に陥落してしまうのであった・・・。

最初から仕事があったので最初の2日とマカオの最終日の計3日の
スポット参戦だったので総合順位は関係がなかった。

2日目は工業地帯で行なわれたクリテリウム、私の最も嫌いなレースだった。

予想通りメタメタ、昨日の走りは何だったの?というほどの走り・・・。

苦手意識と周りにかき回されるのが嫌いなのがもろに露呈した。

そんなこんなでとりあえずレースを離れる。

まあ、レースしていた方が疲れるのか、

年末の追い込みで残業でヘロヘロになっているのが疲れるのかいい勝負でしょう。

その間、香港人ナンバー2の マン ワイ チョン が

2ステージ連続で勝利するという快挙を成し遂げた。

なんだかうれしいような悲しいような・・・・、

少なくても私にも勝てるチャンスがあったと思う・・・・。

そんなこんなでびっちり12月31日まで仕事をこなし(香港は元旦のみ休日)

マカオ行きのフェリーに飛び乗る、

当然ながら練習なんてしていない。

ジャイアンと奥さん、その取り巻きとその愛人?の5人で一路マカオへ。

ルイスのお出迎えで一路ホテルへ、

夜も遅かったので明日のレースの事を考え寝る事に・・・・、

したのだが同室のルイスが彼女と長電話・・・、

大晦日だからしょうがないが・・・、

空気読め・・・・。

年が明けて1998年1月1日最終ステージが始まる。

この日のレースは競馬場横の平地でのポイントレース。

これも大嫌いなのだが、ある人物の一言で思い切りぶちかますことになる。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 17:16 | コメント(0)| トラックバック(0)

ツアーオブサウスチャイナシ-4



嵐のように駆け抜けた18km、やはり下りの課題をのこしつつもまずまずの走りが
できたと思います。
地元開催なので香港チームを筆頭に我がCMSチームもかなり気合をいれました。
コースを知っているというハンデが多少はあると思われますが個人TTなので、
個人の強さが現れるところでもあります。
なによりもコースが過酷なのでペース配分が肝になるでしょう。
結果はというと・・・・・。
1位はやはり ウォン カン ポ- 貫禄勝ちでしょうね。
ただ、2位はというと・・・・・、
なんと・・・・、
私だったのです。
新聞では17秒なんて出てましたが・・・・、実際は8秒ほど。
恐らくこの差は下りでしょう。
いきなりアジア2-2のレース(当時は知らないけど・・・)で2位に入るという
快挙に自分もびっくり、多分この時が一番輝いてた時代だったのかも・・・。
3位はチームメイトのエリック、4位が藤野プロ。
やはり時期が時期なので本調子では無いと思われますがやはり藤野選手はすごい!
そして、表彰式、いつものボロイお立ち台と違い立派なお立ち台でのシャンパンファイト
完全に浮かれておりました。
つぎの日の新聞もトップニュースになりました、主役はウォン カン ポ- ですが・・・。
まあ、いい記念になりました。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 17:13 | コメント(0)| トラックバック(0)

ツアーオブサウスチャイナシ-3

スタート前にマネージャーのルイスがチョックラ来てくれとのことで
行ってみると、

日本チームのテントにつれていかれた。

そこには藤野プロともう一人の選手がいてちょっと困っている様子だった。

どうも! と声をかけると きょとんとして え! 日本人なの?

なんて受け応えがあったようななかったような。

なにを困っているのかと聞くと空気入れが壊れてしまって

調整ができないとのこと、

早速お助けするとそこから一気に距離が縮まった。

私のイメージしていたトップ選手のイメージとはかけ離れとても

気さくな方で結構お茶目な方でした。

そんでもってスタート、密かに51番というエース番号を背負っていたので

走りにも気合が入る、

いつものようにMDウォークマンにTRFをかけながらリズムを作る。

そしてスタート!

いきなり10パーセント近い登りを2km近くこなす。

ここで前にスタートした香港のナショナルチーム2人をごぼう抜き。

つづいて4km近くダラダラと下る、ここでも手を抜かず50KM近い

スピードでガンガン攻める。

そんでもって折り返しで来た道を帰る訳ですがこれが

嫌なダラダラ登りなのでここの走りが勝負を決めますね。

程なくして香港ナンバー2のマン ワイ チョンを捕らえいつもの

お茶目でなんか叫んでた。

いい感じで攻めるも最後の難関、私の不得意とする10パ-セント近い
下り坂である、

私は攻めているつもりでも70kmくらいしか出ないので

ここでかなりのタイムロスをしたことにちがいない。

ちなみに ウォン カン ポー はここを90KM以上で下るらしい・・・。

そして最後1KMはほぼ平らなのでもがく。

そしてゴール!!

ゴール際にシマノチームの選手が目をまん丸にしてわたしに一言、
ひょっとしてすごく速くない?

私は・・・。

はい! 香港では ウォン カン ポー 以外では誰にも負けません。

国際レースデビューの瞬間である。



香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 13:22 | コメント(0)| トラックバック(0)

ツアーオブサウスチャイナシ-2

当時とある独断と偏見によりTTには26インチの俗に言う

トライアスロン用のバイクを使用していた。

でもコイツがツボにはまると速い速い、

こいつに55TX48Tなんてバカみたいなチェーンリングをつけて

走っていた、当時は踏めた。

こいつに当時流行っていたスピナジーとITMのTT用のハンドルを

つけてエアロスーツに弾丸ヘルメットでプロ顔負けのいでたちで

準備万端であった。

レース前日とある連絡が入る・・・、

レギュレーションで26インチはつかえないらしい・・・。 

ガチョーんである。

急遽いつもレースに使用しているカルフィーにDHバーをつけ

フロントにZIPPのディ-プにリアはHEDディスク、

まあこれはこれで十分な戦闘力があったのだが、

あくまでも26インチの方が速かった。

当日一物の不安を抱えつつレースに向かう。

国際レースなだけにナショナルチームなんかも派遣されていた。

イラン、モンゴル、中国、台湾、そして日本。

日本はナショナルチームではないが当時のイノアックデキから2人、

シマノレーシングから2人の計4人が派遣されていた。

そこには、翌年に全日本を取る現BSアンカー監督藤野智一プロと

名前を忘れてしまったが・・・新谷?ごめんなさい選手、

シマノからは現スキルシマノ第二監督今西選手とまた忘れてしまったが

かなり有名な選手う~んごめんなさい。

日本では2レースほどしか出たことがなかったがバリバリ出てたとしても

そう簡単に対戦できない選手の出現に心が躍る。

台湾からもメリダチームやジャイアントアジアなども来ていて面白い
展開になりそうだ。

写真は中央赤が私、おなじみ藤野プロ、右端の強面の方がシマノレーシングの選手、

左前は現在ディスカバリーマルコポーロで活躍しているケンジこと

リョン チー イン 彼は今年も出場しています。



香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 17:26 | コメント(0)| トラックバック(0)

ツアーオブサウスチャイナシ-1

やたらと寒くなってきた今日この頃、クリスマスなんてのもなんのその、

みんながオフシーズンを堪能しておるこの時期にアジアの隅っこで

とあるステージレースが開催されている。

ツアーオブサウスチャイナシ- 今でいうとUCIアジア2-2

というレベルのレース。

1997年末私もこのレースに参加しこともあろうかぶちかましました。

ことの始まりは当時私が所属していた香港のチーム CMS が

アジアおよび海外のレースに進出しようとしていたときである。

だいたい仲間内で趣味で始めたチームがえらい方向に行こうとしていた。

そのころの私は仕事で香港に住んでいたのだが仕事、私生活で疲れ果て

ボロボロでした、唯一のストレス発散が自転車のレースだった。

しかし、レースでもストレスが発散しきれないほどボロボロだった。

毎日20過ぎた男がトイレで悔し涙を流していた、

ある誤解から職場にも味方がいなく完全に孤立していた。

後に誤解は解けたがもう限界だった。

就労ビザが残り半年というところで日本への帰国を決心した。

ただ、今まで仕事一本でがんばってきた分残りの半年は

思い切り楽しことにした。

いろんなことをした、クラブでオールしたり悪いことも・・・・。

なによりレースも今まで以上に力をいれた。

そこでツアーオブサウスチャイナシ-の話があったので
思い切って出場することにした・・・・、

といっても平日なのでスポット参戦。

香港ステージの初日の個人TTと、2日目のクリテリウム、

そしてマカオで最終日のポイントレース。

どちらにしても初日の個人TT以外は興味なしなので

目標は個人TTにしぼった。

一週間ほどまえから監督直々にマンツーマンでしごかれる。

コースは得意としているアップダウンの激しいコースたしか16kmだと
思った。

この日にあわせ前々からTT用に使っているバイクを調整する。

つづく
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 08:43 | コメント(0)| トラックバック(0)

思い出4



おじさんのお葬式も終わり気持ちを切り替え香港へ帰国。

大事なレースが週末に迫るもここ1週間まったく練習ができてなかった。

あからさまな練習不足。

大事なレースとは、全香港選手権、

とはいっても出るメンバーはいつもと変らないが結局香港のトップを決める大会である。

距離は74kmぐらいだったかな、

はじめの40kmは緩やかのアップダウンはあるがほぼ平地、

で残りの30以上は10パーセント近いクライムを含む非常にきついコースである。

コースは得意だが今回ばかりは非常に不利であろう、

なにより一番注意しなくてはならないのがチームメイトのエリックだ、

彼もこの手のコースは得意なので要注意。

帰国の飛行機の中このレースはおじさんに捧げよう、

カッコつけるようではあるがそう思った。

私は勝とうと思って走ったレースはこのレースだけだった。

レース当日、本当のキングはしばらく海外でいないのはわかっていたので

今日はエリックのみを要注意、

チームメイトであるが敵である。

背中のポケットに、数ヶ月前におじさんと家族みんなで行ったときに撮ったみんなが写った写真を入れレースに集中。

レーススタート、

あからさまに調子は悪いが、走りながら調整するしかない。

大体、調子がよければ、最初から荒らすのだが、

この日はおとなしく集団の後ろで息を潜めつつエリックをマークする。

前半はまったくレースは動かない、

後半登りに突入すると予想どおりエリックが動き始める、

あっという間に私と二人旅。

いつもならお互いにペースを上げてガンガン攻めるのだが・・・・、

この日はやはり調子が悪くエリックについて行くので精一杯だった・・・・、

情けなかったがこうするしかなかった。

途中エリックがペースを上げてチギリにかかるも絶対に離れなかった、

きっといつもなら(いつもは調子がいのだが・・・)ここであきらめてちょろちょろ走るのだろうが

この日は絶対にあきらめなかった。

折れそうになると背中の写真に触れ歯をくいしばる。

だが、最後の登りを越えたあたりに心が折れそうになる・・・・、

下りである・・・・、

きっとちぎられる。

ただ、今までエリックと下りで争った事がなかったので未知数ではあったが・・・・。

ここで千切れなかったら勝てるかもしれないとおもった。

下りが始まり、必死についてゆく、

ラッキーだったのがやはり過酷なクライムをこなしたのでペースがMAXまで上がらなくついてゆけた、

勝てる!

確信した。

しかしゴールまでは2KMほど平地が続くのでそこでの勝負がまっていた。

ゴールまでの駆け引きがはじまる、

さすがにここは先頭交代をしないと失礼なので交代しつつ駆け引きが始まる。
スプリントが始まる、

最初にしかけたのはエリック、

負けたくない、必死に戦う。

そしてゴール前数十メートルで捕らえそして抜く、

勝った!

勝った!

ゴールは、まるでイタリア人のプロ選手のように一指し指を大きく天へ、

おじさんへ・・・。

その後、涙が止まらなかった、

走ったまま声を出して泣いた、

しばらく走りながら泣いた。

どのくらい走っただろうか、

どのくらい泣いただろうか。

涙の止まり、落ち着いたので、ゴールに戻るも・・・・、

俺待ち??、

表彰式は主役がいないのでずっと待っていたらしい・・・・、

そこで初めてトロフィー(小さいけど・・・)を天高くかかげ(小さいけど)勝利をおじさんへ。

このトロフィーはおじさんの仏壇に今も飾ってあります。

そういえば・・・・、

香港チャンピョンになったんだよね・・・・、

多分・・・・。

でも、本当のキングは不在でしたので、香港アマチュアチャンピョンですな・・・・。

香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 16:21 | コメント(0)| トラックバック(0)

思い出3

香港に帰国して1ヶ月がたったころだろうか、

大事なレースを2週間後に控えたある朝、

いつもと同じ時間にトレーニングに出て、

いつものようにトレーニングをこなす予定だった。

しかし、その朝はいつもと違っていた、

妙にカラスが多かったのがまだ印象にのこっていた。

私は自慢?ではないがほとんどパンクをした事がなかった、

年間1万キロ以上乗り込んでいるのに、

香港にいるときにパンクしたのはたった1回だけだった、

それがこの日だった。

虫の知らせとでもいうのだろうか、

朝の5時から誰も通らない寂しい道でパンク修理。

その日はパンクしたせいもあり

トレーニングしないで来た道を流して帰った。

会社に到着し仕事をしていて程なくして日本からの国際電話、

それはたたみちゃんのおじさんが亡くなったことを伝える電話だった。

次の日にすぐ航空券を手配し日本へ帰国。

いつものとおり友人の迎えで自宅へ直行、

すぐにおじさんと対面、

複雑な気持ち、たたみちゃんになんて言葉をかけてよいかも解らない、

ある程度覚悟はあったようでしたがやはり辛いと思う。

そして、お通夜、お葬式に参列、

その日は式場に泊まりはじめておじさんとお酒を飲んだ。

交代でお線香を絶やさないようにしていたので、

広い式場でおじさんと2人きり。

飲んだといっても、2つのコップにビールをついでおじさんの前にひとつ、自分の前にひとつ、

ひとつ飲んだら、コップを交換して、またひとつ飲む、

それの繰り返し、

いろいろ話たと思う。
そして最後のお別れ、

葬儀には家族ぐるみの付き合いということもあり親族として参加させてもらった。

人生は時に過酷なものである。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 17:29 | コメント(0)| トラックバック(0)

思い出2

一時帰国の途についた私でしたが、やはり複雑な気持ち、どんな顔をすればよいのか・・・。

いつものように親友が空港に向かえに来て、いつもの風景見えてきて、あ~帰ってきたな~、

なんんて思う。早速会いに行くも創造を絶する姿に・・・・。

つらい、でももっとつらい人がいる、複雑な気持ちを押しつぶしいつものように接する。

タタミちゃんもだいぶがんばっていたみたいで多少疲れが見えるもいつもどおりの調子で接して
くれた。

なんだか私が香港に行っている間にいろんな事が日本でおきていた。

父方の祖父の他界、その49日に祖母も他界、20年来の友人が熱中症で寝たきりに、

そして、タタミちゃんのおじさんの病気。

その頃は私自身も会社でゴタゴタがあり精神的にまいっていた時期・・・・、

肩まで伸びた髪生まれて初めて伸ばした、なにもかもが めんどくさかった 時期でした。

しかし、そんな暗い顔をしている場合ではなく、髪もばっさり切り気持ちを切り替えた。

いつもの顔ぶれでプチ旅行に出かける。

車2台で日帰り温泉に出かける、考えてみれば記憶がある限りではタタミちゃんのおじさんと
お風呂に入るのは初めてだった。

抗ガン剤により髪の毛が抜け落ち、がっちりしていた体も痩せ細ってしまい、とても50代の男性
の体には見えなかった。

人生は時に残酷である・・・・。

あっという間に滞在期間が過ぎ香港へ帰国することに・・・・。

最後におじさんと硬い握手をする、

きっと最後になるとわかっていた、

いろんな思い出があった、

車に乗せてもらったこと、

勤め先の見学会に連れて行ってもらってミニSLに乗ったこと・・・・。

でも最後には、あえて また帰ってきたら会いましょうね と言って別れたような記憶がある。

人生は時に残酷である・・・・。

心の中では ありがとうございました と言っていました。

つづく
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 10:55 | コメント(0)| トラックバック(0)

思い出

もう何年前の話になるだろうか、最近ご挨拶に行ってないのでたまにはいかねばね。

とある祭壇の上のトロフィーが1つ、このトロフィーはある幼なじみの子のお父さんに捧げたもの。

後にも、先にも無い、絶対勝つと言って走ったレースのトロフィーです。

いつも、スタート前は緊張に押しつぶされ、今日は勝てるだろうか・・・・、

なんて常に自信のない自分がいたが、そのレースだけは負けるわけにはいかなかった。

そのレースからたしか2ヶ月とか前だったかな~、うちの家族から みんなでプチ旅行いこ~

タタミちゃんの家族と一緒に~。

 タタミちゃんとは幼なじみの女の子の名前で今はお互いに家族をもち暮らしております。

タタミとは日本に遊びに来た香港人が本名の発音が難しいらしくこの発音になってしまったもの・・・。

うちとは家族ぐるみでお付き合いをしていたので、いわば親戚みたいな関係でした。

そこのお父さんが、いってみれば憧れの父親でしたね~(うちのオヤジは尊敬ですが・・・)。

今、娘2人の父となりかなり似た境遇にある。

スポーツ万能、アメフト、野球、ダイビング、などをやる反面、

ブラスバンドなんかもやったりするまさに万能な人、

さらに娘からも愛されているときたもんだ。

うちのオヤジは免許を持ってなかったのですが、タタミちゃんの家には車があった。

タタミちゃんの家は共働きだったこともあったので保育園に通っていた、

私は違う幼稚園で土曜日が休みだったので、よくおじさんの車でタタミちゃんを二人で迎えにいったもんだ、

シルバーのシビックで。

やはり男の子なので車に乗るのが楽しくてたまらなかった。

そんなおじさんもガンには勝てなかった。

余命半年と言われ最後にみんなで旅行に・・・・、との事だった。

人生とは、時に残酷なもの。 複雑な気持ちで一時帰国する。

つづく
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 16:58 | コメント(0)| トラックバック(0)

ポイントレース

自称クライマーのわたくし、香港でレースに参加していたときの
憂鬱なレースといえば、クリテリウム、更に最悪なのがポイント
レース。

まあ、真面目に走れば勝てたでしょうが人のペースに合わせるのが
嫌いだったので、いつも手を抜いておりました。

どちらかというと、前座レースのMTBクリテとチームTTを重視
しておりました。

でも、その日はちょっと問題がありまして、スポンサー様が観戦
しに来るとの事で、ちょっとだけアピールをしなければならなかった。

そのポイントレースはもう一人勝ちを狙っているお方がいらっしゃい
ました。

たまに、朝4時から練習を一緒に(引きずりまわされてる)している
香港バイクレジェンドの一人 ホン チョン ヤム です。

以前にもこのブログに登場したことがありますが(TPO関係なく結婚
式にもジャージで現れるつわもの)一時代を築いたことがあるだけ
あって、まだ足は超一品です。

一週間まえから私も練習につき合わされ(朝の4時から時速50km
オーバーのハイペース)引きずりまわされました。

というわけで本日の作戦は5回あるスプリントポイントのうち
最初のポイントを狙って後は適当に流そうという作戦でいきました。

作戦どおり最初のポイントを取ったのだが・・・・、予想外に
ペースが速くいきなりおいてきぼりくらう・・・・。

いきなり投げやりになったが、ひとりで走るTTなどは得意分野だった
のでとりあえず40kmオーバーで一定に走り続ける。

そこで、集団では5週に1回のスプリントで必死こいているなか、
マイペースでちゃらちゃら走る私・・・・。

そこでまた予想外の展開が・・・、なんと前に集団が見えるでは
ないか・・・。

レースは最後のポイントを目指し駆け引きが始まっていて、
それに便乗して奇跡の集団復帰をはたす!!

そうしたらこっちのもの、最後のゴールスプリントを制してトップ
でゴール!!

しかしポイントレースなのでポイントを取っていないと勝てない
のです・・・・、 しかし!! 当初はホンさんが残りのポイントを
取ったと思われたが1回取られてしまったらしい・・・。

そこで、私は2回、ホンさんが2回、その他が1回で同点かと思われたが・・・・、

最後のスプリントは2ポイントなので・・・、勝ってしまった・・。

なんだか、罪悪感が・・・・、みんなは5回必死こいてスプリント
して・・・、私は適当に2回・・・、ホンさんごめんね・・・。

その日以来、彼はレースに来なくなったとさ・・・。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 18:54 | コメント(0)| トラックバック(0)

レースはゴールまで手を抜かぬこと!

久しぶりにレースの話。
最近日本でもタイムトライアルの人気が上がってきましたね。
香港では10年も前から盛んに行われていました。
今回は珍しくほぼフラットのコースで距離は幾つだったかな~?
多分30km以上あったかな~?
そんでもっていつもどおりの公道レースなのでオフィシャルは
いるのだが一般車も普通に走っている。朝も早い事もあって
別段危険はなかったです。
いつもどおりチキンハートでスタート位置に立つも、今回は
別段マークする奴もいないので楽勝だと思われた。
しかし、不穏な空気が・・・・。
スタート前にジャイアンがしきりに、 ハンディキャップ
ハンディキャップ  と連呼していたのだが別段気にとめず
スタートする。 耳にはいつもどおりMDウォークマン、
エアロスーツにTT用弾丸ヘルメット、バイクは
フロントディープにリアはディスク。
いつもより気楽にスタート、いつもどおり前を行く奴を
ごぼう抜き、恐らくコース上の奴はほとんど抜いたであろう
勢い(前に一番最後にスタートして、最初にゴールしたことも
あった)、そしてゴールも近づき前に一人発見、
半分勝利を確信していたのでとりあえず追いついて
ドラフティングをしないように斜め後ろで余裕の走りをする、
チョロと抜いてみるも必死こいて抜き返してくる。
疲れちゃうので斜め後ろで見物する。
そんでもってゴール、前を走っていた奴は1分前にスタートしたので
恐らく59秒差でわたくしの優勝の筈・・・・でしたが、
なぜか私は2位???
なぜ???
そういえばスタートの時ジャイアンが・・・・。
やっと理解するも、表彰式ではブーたれてました。
知らない間に1分のハンディキャップを背負わされていた・・・。
うれしいような、悔しいような複雑な気持ち・・・。
ちなみにトロフィーは知らない人にあげちゃいました。
レースはゴールするまで手を抜かぬこと!!
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 15:41 | コメント(0)| トラックバック(0)

ヒルクライムTTでデルタブレーキゲッチュ!!



CMSチームにスポンサーがついてチームとして動き始めた頃、やっと監督ともうちとけ
最初のレースに臨もうとしていた。
ヒルクライムTT、皆さんが創造しているような乗鞍やら鳥海などそんなものではありません。
ほぼ壁、絶壁クライム、距離はたしか5キロやら8キロくらいだったと思いますが休む場所がない。
足を止めると大変なことになる・・・・、残念ながらコースデータは忘れてしまったが・・・。
絶壁!、当時はコンパクトドライブなど甘っちょろいものがなく、重いギアをガシガシ踏む美学!!
の時代なので53TX42T、23TX11T、などという普通にロードレースを走るようなギア比である。
この前サイスポ見て乗鞍の特集やってましたが・・・・、機材が・・・・、昔のエロス ポーリ(知ってます?)
みたいなモンバントゥーを登るみたいな、鉄の重いバイクで登んね~と・・・・。
まあ、いい時代になりました。
そんなでレースに挑むも、監督からレース前に呼ばれる。
「今日のレースに勝ったら俺が2つ持っているうちのカンパニョーロのデルタブレーキをお前にやるよ。」
なんと!!、憧れのデルタ!!、わたしが自転車を始めたルーツ、クレッグ レモン ファニーバイク
そんでもってデルタブレーキ。死ぬ気で走る。
幸いその日は ウォン カン ポー が来ていなかったので勝てる確立が上がるも最大の敵は
チームメイトの エリック サザーランド だ。
Aクラス最後の方のスタートだった私、いつものようにチキンな心でスタート。
途中経過は描くことはありません、どこまでいっても壁なのです、とりあえず異次元の走りで一人また
一人と抜いてゆく、ゴール前の100Mで3分前、2分前にスタートしていたいたAクラスの
ナショナルチームメンバーをごぼう抜き!!その一人が抜かれ際に ハァ~??(オーストラリア人)と言ってうなだれていた。
ここまで暫定1位、残念ながらエリックの方がスタートが後だったのでソワソワしながら待つことにする。
エリックのゴール!!、 「イエス!! アイ ブレークド レコード!!」と叫びながら帰ってきた。
どうやらしばらく破られなかったコースレコードを10秒更新したらしい・・・。
エリックに「タイムは」と聞くと「~分~秒だ!!お前は?」と聞き返されると・・・・・・。
私はニヤリ・・・・、彼のタイムの更に20秒速かったのだ・・・・。 「ブフウ~」とオーマイガットの様子
その日に2回もコースレコードが破られたのでした、そんでもってデルタブレーキもゲット!!
香港最強のクライマー誕生。当時は本当にクライムで負ける気がしなかった、できることなら当時最強だった越後のインデュラインこと村山利男さんと勝負したかったな~、今はそんな気力はないけど・・・。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 18:50 | コメント(0)| トラックバック(0)

香港の自転車交通事情

香港で走っていてビックリしたのは日本に比べて格段に安全に
走れるというところでしょうか。
TVなんかではゴチャゴチャしていてまるで自転車なんて走れる
環境にないと思われがちですが、本当に走りやすいです。
まあ、繁華街なんかは多少ゴミゴミしていますが、日本と大差
はありません。
それは一重にしっかりとした法律とおっかない警察官のおかげで
しょう。
走りやすい理由の最大の要因は路駐がほぼ0ということです。
基本的に駐停車禁止、タクシーも指定された場所以外では
乗り降りできません。だから急にタクシーが襲ってくる事は
ないのです。取り締まる監視員の数も半端ではないので
本当に走りやすいですね~。どこぞやの国もおなじように
なりましたが・・・・,相変わらず中途半端ですね。
次に自転車の走る場所ですが、基本的に車道!!
歩道を走ると捕まります。私も2回捕まりましたが、その都度
ワタシ、チュウゴクゴ、ワカラナ~ィ、と言って罰金は免れました。
しかも歩道を走れるのは12歳まで、それ以上は車道です。
あと大きな橋と大きなトンネル(有料)は走れないので、迂回
又は歩道を押す必要があります。
あと意外に自転車が盛んでレースはもちろん、九龍のサーティン
にいけば20数キロ??(忘れてしまった)に及ぶサイクリング
ロードがある、しかもそこに行くまでに電車なんかに乗るの
ですが(普通の在来線)自転車の前輪を外せばそのまま乗れます。
(別料金)
まあ、いい所でしたわ~。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 18:33 | コメント(0)| トラックバック(0)

100万ドルのヒルクライム

香港に住んでいて毎日100万ドルの夜景をみながらトレーニング

していたわたくし。

夜はかなり観光バスが多いがそれをペーサーにして登るとかなり良い

トレーニングになる。
一番下から登ると途中一回下りを入れると14キロぐらい、

中腹で頂上まで5キロの地点が私のトレーニングプレイス 。

そこを13分ほどで登る。

軽くながして時速17キロ(平均でなく常にオーバー)くらい、

流してはいるがこのペースで走るとついてこれる人は

なかなかいない。

レースペースで20キロから23キロ、バスや車をペーサーにすると

27キロから30キロオーバー。

乗鞍やら鳥海を走った事がないのでどっちが辛いかは

分かりませんが、クライムは確実に早くなるでしょう。

なにより頂上まで信号がないので常に負荷をかけて走れます。

会社がアバディーンにあったのでビクトリアピークに行くのには

2つのルートがあった。

一つはいつものコースで大回りではありますがリパレスベイの方

(手前ですが)までまわりビーチを眺めながらクライム、

観光バスは多いが良いリズムで登れるので大好きでした、

もう一つは ナン フォン ドー のコース、

こっちは嫌いでダラダラと足にくる登り、景色も

何もなく非常につまらない・・・・。

そんでもって少し下がってからビクトリアピークへ。

家の近所(でもないけど)でいうと湘南国際村が非常に

近いイメージ。

信号がほとんど無く車もそう多くない。トレーニングに

非常に最適な場所でしょう。車止める場所もあるしトイレも

ある。かなり足にくるので非常に効果の高いトレーニング

が出来るはず。ただ闇雲に速く走るのでは無く全体の筋肉

をイメージして走る、時にダンシングのみで登るもよし、

シッティングのみで登るもよし。楽なトレーニングはないですよ。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 16:17 | コメント(0)| トラックバック(0)

てっとり早くアジアに進出するには

最近日本でも自転車レースが盛んになりましたね~。

日本人でも世界で通用する選手が続々出てきています、

でも活動のメインが海外なので国内ではまだまだというところでしょうか。

私がレースしていた10年くらい前はやはり欧米とのレベルの差は歴然で

せいぜいアジアレベルといったところでしょうか・・・・

(今まで会った方ごめんなさい・・・・)。

それでもやはりその中でも日本のレベルは高かったと思いますがダントツ

であったともいえません。

私がラッキーだったのが香港という小さい国で競技できたということです。

私はワーキングビザで滞在していて香港という特殊な国の住民

だったのですが、とりあえず4年~7年いればナショナルチーム入りも

可能でした。

実際香港チームにはオーストラリア人もいました。

私は4年しかいなかったのでナショナルチームには入れませんでしたが

香港代表ではあったとおもいます。

当然香港車連所属でライセンスもそこからでてました。

ランカウイ、沖縄、タイ、台湾、数多くのレースの出場資格はありましたが、

結局 ツールド 台湾とツアー オブ サウス チャイナ シー の

2レースに出場にとどまりました。

やはり仕事で滞在していたのでレースを優先するわけにも行かず・・・・・、

出た2レースも日本への帰国が決まったボーナスみたいなもの

でしょうか・・・・、でもそのとき引退は考えていましたが。

香港の良いところは選手層の薄さでしょうか、日本ではただ速いだけでは

アジアツアーレベルのレースの出場はできないのですがさすが香港、

トップを取るにはそれなりの努力は必要ですがトップになればアジアの大体

のレースには出場できます。(今は知りませんが・・・)

今ではマルコポーロチーム入りという選択肢もあり、実際昔の子分?

がチーム入りしヨーロッパで走っております。

難しい話ではありますが香港の会社の就職しビザさえあれば
アジアツアーにはもっとも近い道といえるかもしれません。

少なくても日本にいるよりは自転車の環境はいいです。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 16:46 | コメント(0)| トラックバック(0)

以外な結末。

すでにつまらないブログになりつつ、それにめげずに続けます。無料ですし・・・。 ほっとしたところで近くの警察署へ・・・。 逮捕??、刑務所???。どうなるかとビビっていると席につく。 奥からいかにも警部補~とか警部~、みたいな人が出てきて社長に通訳をしてもらい淡々 と説明する。 は~、今日は帰れるかな~、留置所行きか~、など思いつつ、どんどん沈んでゆく~。 ここでほっとするニュース。先ほどの男性が意識が戻ったらしい。 よかった~。そしてその次に警察官から 出た言葉は!!! あなたはこの男性を告訴しますか?  はぁ~?? 耳を疑うが確かにそう言っているらしい。 でも社長も当たり前のような顔をしている。   う~ん、日本の感覚では業務上過失傷害??? こっちが悪いはずでは??? ここで香港の交通事故情報。 まあちょいとビックマウスな社長の言っていることで確認はとってないのですが、香港で は基本的に悪い方が悪いらしい、まあ当たり前の話ですが、どこぞやの国では 路上で酔っ払って寝ているおじさん轢いても、チャリで逆走して飛び出してくるおばちゃ ん轢いてもとりあえず逮捕になっちゃいますよね 、 最近ではノーブレーキのピストとか、頭のおかしいのがあふれております。 そういった場合でも香港では相手が死のうが車の修理代とか請求できるらしいで す・・・・。確認とってないですが・・・。 幸い目撃者も多く私の無実が証明されてはれて釈放となりました(逮捕はされてないですが) 当然状況にビビって相手が無事なのであればそれで良いとのことで告訴はしませんでした。 まだまだリアル香港人にはなってません。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 17:05 | コメント(0)| トラックバック(0)

大事件発生!

大事件発生! 1994年の12月頃、ひとり暮らしをはじめて間もない頃、日曜日のたびに自転車で香港島を 散策を楽しみ始めた矢先それはおきました・・・・。 いつもどおりとんがって道路をかっとんでおりました。 ティンハオという香港島でも大きなビクトリアパークという大きな公園のすぐ近くで青信 号を40KmほどでMTBで通過中信号無視の初老の男性と衝突!!!。 バイクは横にスライドしながら飛ばされ当然自分と男性もとびました。 40Kmというとちょうど原付ぐらいの速度なので当たり所が悪いと・・・・、なんて思いつ つ男性を見てみるとやはり、白目むいて意識がありませんでした・・・。 出血はないようなのですがやはり意識がない・・・。 当然即ギブアップ、すぐに近くの人に電話を借り社長にヘルプ、なんだか人だかりができ て騒ぎが大きくなり始めた。 ここで香港の便利情報。香港は基本的に警察にしてもパトカーなるものが非常に少なく基 本は白バイである前の章で書きましたが10人乗りのベンツのバンと白バイはウヨウヨして ますがパトカーはない! 救急車も例外ではなく、台数は少なくないがそのほかに救急バイクなるものが走ってい る!便利だ! すぐさま救急バイクがきて手当てをしてもらう、スライドで滑ったので軽い擦り傷で済ん だが男性は救急車待ちである、 そしておまわりさんもすぐに登場してその場で事情聴取・・・。訳わからん、言葉わから ん、夢ならさめて。 その間に現場保持のため自転車は道路に放置・・・。そこでわざと蹴っていく中国人 が・・・・。 アイヤ~ネイ ジョウマイイェ!!!どこかで聞いたことのある声でその中国人を怒鳴る 声!社長の登場だ! さすが香港ドリーム、日本人でありながら中国人ばりの迫力! でもほっとした瞬間である。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 17:04 | コメント(0)| トラックバック(0)

新聞に載った。



私がいた94年から98年頃はちょうど ウォン カン ポー が

アジアで良い成績をあげて自転車の地位が上がっていた時でした。

たまにTVの取材もくるし、リザルドは時には写真付で新聞にのります。

そこで、またあの ルイス ロー が新聞の取材を取ってきてなんと

新聞でカラ-で2ページ(面)にデカデカとCMSチームが特集される事

になった。

ま~、香港では芸能人か悪い事しなければ日本人が載ることは

あまりないのだが・・・・。

トントンと取材を終え新聞が出る日を楽しみにする・・・・、

当然エースであった私の記事が・・・・、

新聞を見てみてびっくり!!

なんとルイスが誰よりもデカデカと紙面を占領してるではないか~。

しかも・・・・、

選手紹介では・・・・、

私を差し置いてエリックが主役のように一番上・・・・・。

説明文も、伊豆から来た 山口 、

主食はビタミン剤 みたいな・・・・、

人の話を聞いていない・・・・。

しょうがない、香港ではやはり欧米人の方がカッコがよく見えるのだ

(本当の意味で)。

同じアジア人の対応でも明らかに欧米人の対応のほうがいいのだ、

残念・・・・。

まあいい記念になりましたわ・・・・。

何気に私、TVのニュースでも今日のスポーツの結果、

なんかのコーナーでヤマグチが優勝しました、

なんて映像付で度々登場してたりもするのだ・・・、

プチ有名人(自転車界オンリー)。

香港はいい場所ですぞ~。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 10:00 | コメント(0)| トラックバック(0)

おもしろトレーニング2

月に1度くらいはチームで香港1周の長距離練習がありました。

朝6時に九龍地区をスタートし午後3時頃までゆったりと練習する。

早朝の香港は人こそ少ないが飲茶の店なんかがやっていてエネルギッシュです。

コースは最初に一気に中国国境付近まで行って戻ってくる形になるのだが、

国が小さいとはいえかなりの距離はある。どうやっていくの???。

簡単さ!!

高速道路を走ればいいのさ!!

っておい!

自転車で高速道路???

たまに首都高速をママチャリで走っているじいちゃんを見かけるが・・。

香港の高速道路は日本と違い基本的に無料!!

いい国だ!!

ただトンネルなどは個人の持ち物(すげ~)なのでそこを通る時は通行料が発生する。

逆に言えばトンネルを通らなければ通報さえされなければばれないという事だ・・・・。

さあ出発、とりあえず高速に乗る、イメージは首都高にのるような感じ・・・・、

行けるところまで行こう。

やはり高速道路、道も良く走りやすい。軽く40KM巡航が可能です。

車は少ないがやはり異様な眼差しで見られる・・・・、当然だ。

朝日が気もちよく、景色も良い、東名高速の景色の良い場所を走っているイメージ、

とてもリラックスして走れました。

ゴールまであと少し・・・・、

と・・・、

後ろからなんだか叫んでくる車が迫ってくる・・・・、

パトカー登場。

ヤバイと思いきや周りはいたって冷静、そのままパトカーが前に入りさながら

先導車のよう。

捕まるのか??と思いきや、何もお咎めなし、

強制的に高速からおろされた程度で何事もなかったように練習再開・・・・・、

それでいいのか・・・・、

多分こいつら常習犯だべや。

当然高速道路は日本と同じ自動車道なので自転車は禁止です・・・、

はい、ご注意を・・・。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 18:06 | コメント(0)| トラックバック(0)

おもしろトレーニング1

朝4時から7時半までびっちり走りこむ、そんな生活を続けていた頃、

とうぜんいろんなことがありました。

その一つは野犬トレーニングです。読んだまま、野犬に追い回されるのです。

トレーニングの始まりは20KMくらいは様子をみてアップをかねて段々ペースを

上げていくのですがアップの最後に程よく足にくるクライムを2KM~3KM

くらいこなします、ただなぜかそこの区間は香港でも珍しいぐらいの

街灯がまったくない場所なのです。

島のはずれの山道なので冬の朝なんかは真っ暗なのです、

目を凝らしながら周りに警戒して走る・・・・、神経が研ぎ澄まされます。

そんなこんなで残りあとわずかという場所に奴らがいるのです、

野犬です。

暗闇に無数の目・・・・・、

不気味です・・・・、

数は5、6匹・・・・、

犬という奴は不思議とスポーツバイクから発せられるホイールの風きり音が嫌いらしく

一斉にこっちめがけて歯をむき出しで走ってくるのです。

2KM以上の登りをこなし最後に待っているのは野犬とのスプリント・・・・・。

多分かまれるときっと狂犬病なんかになっちゃうと思います、

死んじゃいます、

ある意味命がけのスプリント・・・・。

奴らは生き物なので本当のレースでスプリントをこなしている気分になります。

私はこのスプリントで私は負けたことがありません!!

だって負け イコール 死 ですから・・・・。

最初はマジビビリましたが、日をおうごとに楽しくなります。

クライムの負荷でスプリント、最高のトレーニングです。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 18:06 | コメント(0)| トラックバック(0)

人生色々、ポジション色々2。

時にやたらかっこ悪いポジションで走っているプロ選手がいる。

私はドロップハンドルで色々と握る場所はありますが、

俗に言う上ハンドルしか握りません。

下ハンドルを握るようになったのはつい最近です。

たしかに下ハンドルを握ると力が出ているように感じますが、やはり上の方が楽ですね。

フロイド ランディス なる選手もカッチョ悪いポジションですね~、

でもなぜか私も一時期あんなカッチョ悪いポジションで走っていた時期がありました。

MTB用のアップステムを付けていました、あれはあれで長いレースでは

気持ち良く走れたのでありでしょう。カッチョ悪いですけど・・・・。

自分のなかで一番カッチョ悪いと思うポジションは・・・・、

市川元プロのポジション・・・・、

ご存知の方はいらっしゃると思いますが・・・・、

短いステムに高いポジション。

しかし!!

市川元プロはこれで数々の戦歴をあげています。

雑誌には載っていないポジション。

だから一概に雑誌に載っているポジションが最良とは言えないでしょう。

あと、私がよく使うポジションはドロップの平らな部分を更にステムに近い位置を

握って走るポジション、

これはよくヒルクライムなんかで使うポジションですが私は平地でも多用します。

雑誌で言うところのリラックスポジションなので風の抵抗を受けやすいのですが、

掴みようによっては風の抵抗は最小限にとどめられます。

なるべくステムよりのところを握りなおかつ気道を確保する、

イメージは垂直尾翼になりきる・・・、でしょうか。

DHバーやスキーなどでは有効的にこのポジションを活用しておりますね、

時に下ハンドルを握ってクラウジングで風を受け流すより縦に細長くして

受け流す方が有効な場合もあります。

たまたま私は下ハンドルをつかまないので風の強い時はこのポジションで走ります。

たしか アレックス モールトン が持つ自転車の速度記録では

低いポジションより縦に細長くする理論で記録を打ち立てたと思いますが・・・・、

お試しあれ。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 18:36 | コメント(0)| トラックバック(0)

人生色々、ポジション色々1。

十人十色とはよく言ったもんだ、ポジションも十人いれば十様であります。

日ごろから人の言うことアドバイスを聞かなかったわたくし、

当然ポジションにも相当悩んだ。

とりあえずプロ選手の真似から始まり自己流にアレンジしてゆく。

最近は雑誌などを見たりしてどんなもんだろうと研究しておりますが、

大体できているみたい。

ただ、雑誌ばかりを見ていても速くはならない、

やっぱり自分にあったポジションに行き着くまで乗り込むことでしょうか、

雑誌はそのおまけのようなもの。

自分はどちらかというと本よりビデオをジーっと見て研究をしていました。

研究というかパクリでしょうか、当時は ジャンニ ブーニョ なるイタリアの選手が

好きだったのでとりあえず上半身の無駄な動きを徹底的に無くすように(ブーニョ流)

意識したり、というか、ブーニョになりきる・・・・・。

シートや腰の位置に悩んだ時は ドーピングキング・・・、ビャルヌ リース

がレースのワンシーンでとっていたサドルをいっぱいに引きどちらかというと

前に蹴りだすようなイメージでポジション決めたり、

更にこのときリースは腰は引いたまま、

ハンドルに被いかぶさるようなイメージで上ハンドルを握っていた、

そんでもって肘はどちらかというと開きぎみ、まあ、外人は手足が長いから

こんなポジションでも決まるのですが、手足の短い日本人ではなかなか

カッコがつかない、

幸い私は外人に引けをとらない体格・・・・、

なのでかろうじてこなせてましたが・・・、

しかし!!腰を残すのは良いのだが、肘を開くのは雑誌なんかに載っている

限りではあまり良くないらしい・・・、

しかし!!私はこのポジションは自分にとって一番だと思っています。

雑誌ではなるべく肘を閉じて、抵抗を減らすなどと書いてはいますが、

自分なりに試すと、無理に閉じると肺が圧迫されいまいちでした、

開き気味のほうが呼吸が楽です。陸上競技のマラソンでも上体を起こして呼吸を

楽にするようにと指導を受けた事もあります。

リースもこれを実践したのかは知りませんが、結局は雑誌に惑わされすぎるのも

良くないという事でしょうか、ただ、やはり雑誌に載っている乗り方は

色々なレースで実績をあげた方が紹介されてますので基本中の基本なのでしょう。

まず好きな選手をパクってみましょう。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 18:35 | コメント(0)| トラックバック(0)

ルイス ロ- という男

ルイス ロー CMSチームはこの人無くして語れない。

CMSチームの由来は カラーマスターという じゅうたん屋から取ったもの。

多分このじゅうたん屋の経営なりをしていたんだと思います。

とにかく彼は行動的で恐らくチームについたスポンサーなどはすべて

彼が連れてきたものでしょう。

挙句の果てには、私の帰国後に日本人の三船雅彦プロをCMSチームに招き

ツアーオブサウスチャイナに出場させている。

三船プロとは今でも関係が深いらしく現在のCMSチームジャージの

サブ?ネームには マサヒコ ミフネ ドット コム のネームが入っている

ぐらいである。

一番の驚きはあのマルコポーロチームにも深く関与しているみたいです。

あ~、あのおっさんの趣味で始めたチームが今ではすごい事なってますな~、

少なくてもわたくしはその一時代を作っていた事が一番の自慢でしょうか・・・・・

(生意気です)。

彼を一言でいえば、変わり者ですね。

いじられ上手というか・・・・、

いろんな人からいろいろ言われてましたね~。
マイケルジャクソンのように少年が好きだとか・・・・、

ゲイだとか・・・・、

でもしっかりと美人の彼女(雑誌に載ってるほど)いたり・・・・。

マカオでは町にいるホームレスに手当たり次第お金あげているし、

レースの帰りに半ズボンとレースのアンダーシャツ(後ろがメッシュ)で

電車乗って帰ったり。

とにかく変った人というイメージでしたね。

最近は疎遠になり、私の事は覚ええいるとはおもいますが・・・。

最近はデザイナーとして活躍しているらしい。

ブログを検索していたら あの タクリーノさん のチームのジャージもデザイン

(名前が若干違っていましたが・・・、違っていたらごめんなさい)

したんじゃないかな~?

とにかく凄い人。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 18:43 | コメント(0)| トラックバック(0)

スポーツ選手のメンタル。

どうしても、ウォン カン ポー に勝てん!!

逆に勝っていたら大変な事になっていたが・・・。

実力では・・・・・、まあそこそこ頑張ってはいたが、最後の一息が足らん。

わたしはレースでは豪快に走っていましたが、本当はノミの心臓の小心者です。

レースはスタート直前まで不安で不安で、いくら勝利を重ねてもそれは最後まで

消える事はなかった。

たまに平地のレースなどで手を抜く時は、スタート前から勝ちに行かないので

非常にリラックスできた。

今考えるとそのレースでも真面目に走れば勝てたはずである。

そこに妥協がある、

どうせアマチュアだし・・・・、

とか

プロには勝てん・・・・、

とか特に ウォン カン ポー が来ているときは 、

「俺は良くやったよ、相手はあのウォン カン ポー だよ」

なんて思って心が折れる。

自分がプロの道に進まなかったのもこのメンタル面の弱さもあると思います。

ある意味、私はどんなプロ選手よりも ウォン カン ポー という選手を

尊敬しています。

あの集中力と、強靭な精神力、コイツには勝てないと思いました。

彼はどこにいっても、どんな大きなレースに出ても、きっと一人でアジアの強豪

と戦っているのです。

たまに雑誌のレース後記などを読んでいると、あいつは前を引かない、とか、

さっきまで死んだようだったのにいきなり逃げるとか・・・、

そんなのは力の無い者のいうセリフでついていけないあんたが悪い。

チームという後ろ盾がある奴とそれに一人で対応しなければいけない奴、

純粋に勝つために身に付けた戦略というものでしょう。

それを知っていても3回もやられていれば情けないね。

あんまり喧嘩を売ると・・・、お前は何ぼのもんじゃいなんて事になっちゃうの

で・・・・。

それにしても、某国技のチャンピヨン、

情けないね~、あんなのでよくチャンピヨンになれたね~。

某国技の方が鬼のような精神力が必要だと思うのですが、

うそ臭く見えるのは私だけでしょうか・・・。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 18:39 | コメント(0)| トラックバック(0)

ヒルクライムが速くなる方法。

ヒルクライムが速くなる方法。

ヒルクライムが速くなる方法・・・・・、

誰にも教えて ないんですけどね・・・・・、

秘密ですよ・・・・。

それは、登りを好きになること・・・・、

それだけ・・・・、

ぶっ飛ばされますね・・・。

でも、これが一番重要!!。

好きにならなければ一向に速くねれないぜよ。

好きになるっていっても、一概に簡単ではない、継続は力なり!!

やはり徹底的に走りこんでまず無駄な贅肉を削ぎ落とすこと、

効率の良いペダリングを覚える、

登りをダンシングのみで走ると結構良いトレーニングになりますぜ。

最近、自転車通勤で平地、登りを問わずダンシングのみで走り続けるも

やはり平地ではいまいち擬古地なくなってしまう、

やはり登りの方がポジション的にもダンシングに向いているような。

スポーツクラブなんかで鍛えるのもよろしいが、登りでダンシングのみで登っていくと

かなり追い込んだトレーニングができるし、手っ取り早く筋トレもこなせる。

大体15分くらいX3本やれば速くなれますよ・・・・。

死ぬほどきついですけど・・・・。

これができれば同じくアウタートップでダンシング、

そんでシッテイングもできるようになりますよ。

こんなトレーニングを繰り返し、何年も破られなかったヒルクライムの

香港記録を30秒以上塗り替えました。

多分今はまた塗り替えられたかもしれませんが・・・・、

負け惜しみを言わせていただきますと・・・・・、

機材の進化でしょうか・・・・、

コンパクトドライブもなかった時代でしたので・・・・、

そこで結論!、

追い込んで、追い込んで、最終的に機材を投入する。

最初からいい機材を使っても伸びませんよ~、

半分買えないひがみが含まれております。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 16:42 | コメント(0)| トラックバック(0)

香港バイクレジェンド チャウ ダック ミン


写真は左から 私、監督、エリック、ルイス

香港ではいろんな人に出会った。

チャウ ダック ミン 広東語で書くと 周 徳 明 だったかな~。

初代CMSチームの監督で私は彼から特に良くしてもらった。

彼はまだ日本人がヨーロッパに行き始めた時代にすでにフランスやベルギーなどで

転戦していた経験を持つ人である、その風貌から創造もできないがフランス語ができる

らしい。

彼はよくフランスやベルギーのレースを転戦してた頃の話をしてくれた。

地方の賞金レースではゴール前の駆け引きで、お金の相談をするらしい・・・、

条件がまとまればレースに勝てる(お金を払って)、あと、レース中の見えない妨害、

死角から近づき相手のブレーキとかギアを手を伸ばしいじってその隙に逃げると

か・・・。

いろいろ教わった・・・・。

でも、彼がCMSチームの監督に就任したとき、私は対立していた。

今も私のトレーニングで(最近はやってないが・・・)守っている事はレースの

距離の最低倍の距離をトレーニングする。

考え方は古いと思うが私なりには理にかなっていると思う。

その頃は私は1日1時間、30KMという練習でレースに勝っていたのでそれでいいと

思っていた。

それに、私は自転車に乗りに香港に来ているのではなく、仕事で来ていたので

当然監督の言うレースの倍の距離をトレーニングする事は不可能だった。

レース後のミーティングでこの条件を彼に突きつけられた時私は彼に食ってかかった。

「俺たちはプロじゃない!!アマチュアだ!! そんな練習する時間なんてない!!」

そうしたら、彼は

「そうだな、確かにプロじゃないな」

そうつぶやいて、

「時間がなければ朝練習すればいい」と言ってその日は終わった。

なにくそ!!と思いつつ、最初の頃はワイワイ楽しくできたが、

スポンサーがついて責任のある走りが要求されると、無様に負ける訳にもいかない、

でもだんだん趣味が違う方向に勝手に歩きはじめていた。

結局私は朝3時半に起きてレース距離の2倍とまでにいかないがかなり練習量を増やす事

になる。

今思えば正しい選択でした。

その頃からチームはアジアのレースも視野に入れ始めていた。

それに対応するにはそういった練習をせざるを得なかった、

それを視野に入れた監督の就任だったのかもしれない。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 16:41 | コメント(0)| トラックバック(0)

インテリライダー エリック サザーランド




いつものようにレースで勝つ!!

ほぼ香港では敵なし(ウォン カン ポー を省く)状態になっていた今日この頃。

真面目に走るレースは確実に勝っていた。

そんな時一人の小柄なアメリカ人がレース会場にチラホラ顔を出すようになる。

名前は エリック サザーランド 。

彼はあっというまに(私のように)Aクラスに上がってきた、

そしてあれよあれよのうちに表彰台の常連に、久しぶりに骨のある奴・・・・、

というかあまり興味がなかったので気づいた時にはチームメイトになっていた、

彼を意識し始めたのがヒルクライムのTTでした

いつものように勝ったのですが、最近よく表彰台で見るな~と思ったら2位でした。

彼も私と同じクライマーでTTもこなせるオールラウンダーでした。

性格は控えめで物静か、一人を好む人のようでした、後で知ったのですが

当時37歳だったらしい。

ここに最強のライバルでありチームメイトが誕生した。

ワコール、TCBY、ブリコ、などスポンサーもだいぶつきはじめ、

おっさん共の趣味チームで始めたCMSチームもこの頃になると香港最強の

チームになっていた。

彼も速かったがそれ以上に私も速かった、彼に真面目に挑んで負けたのは1度だけ、

私が手を抜くとき(しっかりレースはぶち壊します)は彼が勝ち、

香港のレースは完全にCMSチームの支配下になったような物でした。

時代が悪かったのか確実に私がいなければ彼が最強の外国人であったことは間違い

ないでしょう。

私が1位で彼が2位、いつもこんな感じだったので、そこから彼の名言が生まれる。

「私はレースではあなたに勝てないが、ここはあなたに絶対負けない」

と言って頭を指でコンコンと叩く・・・・・。

何を~!!! 俺が馬鹿だって言うんかい!! でもすぐ納得。

彼は ハーバード大学の建築学科の修士課程まで修了している秀才だったのだ~。

確かに、頭じゃ無理だ・・・・。

その後、私が帰国した後はCMSチームのエースとして活躍し、

香港代表でツアーオブジャパンにも出場をはたした。

私が帰国後2年で彼もアメリカに帰ったとさ。

彼を見習い私も密かな目標がある、

最低でも当時の彼の年齢の37歳までは自転車に乗り続けようと。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 16:35 | コメント(0)| トラックバック(0)

トレーニングのすすめ4

私は偉そうに人のああしろ!こおしろ!(しているような・・)

指導できるものでもないですが。

自己流トレーニングでそれなりの経歴をもっていますのでなかなか自信も

あったりもする。

でも今のトレーニングスタイルは非常に科学的でわたしのはスポ魂スタイルで

古いのです。

でも私はスポ魂で良いと思います、良き指導者に出会うのは一番の近道

ではあると思いますが 悩み、考え、補正する、その繰り返しで自分のスタイル

を確立する、良き指導者に会うのはその後でも遅くはないと思います。

いきなり科学的なトレーニングを取り入れ即座に伸びるのも良いが、

悩み、考えて基礎的なスタイルを作りその後良き指導者に会ったときの伸びしろを

作っておくのも手かな~と。

所詮アマチュア、ATがどうたらだのリカバリーやらウンチクはいいからガムシャラに

やればいいんです!!

そこで速ければその上に行ったときにはさらに速くなりますよ。

あといつも若い子に言っているのが、本気でやるなら日本にいないで海外へ行けと、

自称美しい国の自転車には未来はありません。

自転車では食えないのです。

私はプロになるつもりはサラサラなかったので(そんな話もあったけな~)

さっくりと23歳で引退しましたが、将来を考えるとなかなか踏み込めない世界

(マイナーなもので)なので学歴があるインテリライダー(敵意はありません)

じゃない限り食っていくのには不安です。

だから、本気でやるなら海外で自転車だけなく言葉や文化を学んできなさいと

言っています。

言葉と文化が理解できれば廃業してもなにかしらできますからね~。

あとは、本気でなく趣味でやるなら、

自転車なんかより女に乗っておけ・・・・・、

下品でした・・・。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 16:33 | コメント(0)| トラックバック(0)

トレーニングのすすめ3

スポンサーのあるチームにいながらコーチがいなかったので練習は自己流。

でも以外と雑誌なんかに載っている、トレーニングはこうしろ、

だの正しい何たらかんたら、とかが以外とできている、

誰から教わった訳でもなく。

やはり、練習!!継続は力なり!!、どれだけ乗ったかになりますね。

トレーニングには色々ありますね、まあロードワーク、ウエイトトレーニング、

ローラー台など最近はコンペックスなる電気ショックなんかも・・・・。

わたくしはロードワークオンリーでしたね、ウエイトは自転車に乗りながらやる。

自転車に必要な筋肉は乗りながら負荷をかければ自然とついてきます。

でもやれるならやっておけば~、

私は嫌いだったからしなかったけど~。

あとローラー台、もってました、3本ローラー、

今のと違い油断するとこけます。

よく徹夜の時や雨の日にやってましたね~、

1時間も乗れば精神的にぐったり・・・・。

とにかくつまらん!!

でもフォームが綺麗になりましたね~。

でもだんだん使わなくなり最終的には会社でベルトコンベアーの一部になった・・・・。

なぜローラーをやめたかと言うと、やはりロードワークに勝るものは無し!!

小さな起伏、風、天候、ローラー台では訓練できないものです。

だから雨でもロードワークに行ってましたね~。

雨から学ぶものは多いです。

まあ、今考えれば私も古いタイプだったのかも、

だからコンペックスなんてもってのほか!!

風と戦い、雨に打たれ、登りをねじ伏せる、精神的にも強くなれます!!。

みんなでお外にいきましょう!!。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 16:32 | コメント(0)| トラックバック(0)

トレーニングのすすめ2

トレーニング・・・、あまりはまりすぎると今度はしないと不安になる・・・。

同じように勉強していれば・・・、今頃どこかしらの6大学には行けたかも・・・・。

気合で1日100KMくらいを週5でこなしていた私。

その頃は、トレーニングで疲れ、仕事でリカバリー(おい!)していた私。

朝4時から蠢いていた私、とりあえず会社についたら朝飯買ってきて、シャワーを浴びる。

夜勤の人間もいるので会社にシャワーがあったのが助かる。

ご飯食べてみんなに挨拶をして・・・・、

眠くなる・・・・、

まだ9時・・・・、勤務時間はまだ11時間残っている・・・・。

そこで私はトイレにこもる・・・・、

香港のトイレは汚いのだがさすが日本人の経営している会社、

トイレは香港の工場のなかで一番綺麗と豪語できるほど綺麗。

そこ洋式トイレで前後逆に座りタンクの上に頭のせて爆睡!!

さすがに日本人が社長と私しかいなく目の前で爆睡する訳にはいかず

トイレで爆睡となったのです。

小一時間ほど爆睡して仕事に復帰、

たまに油断してると社長が突然やってくるのでいつでも臨戦態勢。

仕事はきつくないのだが、ダラダラと長いのがたまにキズ。

5時くらいに返してくれればもっと楽なのに。

とりあえず8時まで仕事をしてダッシュで帰宅、

ここからがいかに睡眠時間を確保するかの戦いだ。

自炊をし、洗濯をし10時には寝ないときつい。

でも眠らない国香港、そう簡単には眠らせてくれなかった。

ほんとうに5時間も眠れればラッキーでしたね~。

土曜日はオフにして(夜走ってましたが・・・。)

日曜日はチーム練に参加して午後は爆睡、そんな一週間。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 18:13 | コメント(0)| トラックバック(0)

トレーニングのすすめ1

トレーニング、私もいっぱいしてきました、スポンサーのついているチーム

にいたもののコーチなどはいなくて、基本的に自己流トレーニングで

そのポテンシャルを維持していた。

監督はいたけど・・・・・、

言うこと聞かなかったっす・・・・、

わがままエースでした・・・・。

いちばんやっていたころは、まず朝3時半に起きて4時過ぎから走り始め

7時半頃までぎっちり3時間は走っていた。

その後は朝8時から夜8時まで仕事・・・・。究極のサラリーマンライダー。

とりあえず20Kmほどアップダウンを繰り返しながらアップをする。

その後はレースにあわせトレーニングクリテリウムやポイントレースなどがあるときは

一往復16Kmほどの起伏の少ない場所でひたすらインターバル、

チョンゴがいるときは朝から50kmオーバーのレースペースでひたすた走る。

これでアップとクールダウンを含めて100kmほど走る。

こんなのを週4~5やるのです・・・・。

信号もないのでかなり濃いメニューです。

まあ基本的にこの練習は嫌いなので大体はアップダウンの激しい登りを中心

としたメニューをこなします。

同じく20KMほど流し、そこから平地のトレーニング場所を1往復して、

来た道をインターバルをしながらガッツり走る、アップダウンもあるので結構きます。

そんでもって100万ドルの夜景で有名なビクトリアピークを中腹から

3往復30KMほどこなす。

1往復目はシッティング、ダンシングを交えて登る、

二本目はダンシングのみでギアは自由、

3本目はダンシングのみでアウタートップ、

または、

1本目でアウタートップでシッティング、

2本目はダンシングのみでアウタートップ、

そんで3本目はレースペースでバスがいれば捕まえて走る。

基本的にはウエイトトレーニングはやりませんでした、

というか自転車で使う筋肉は自転車の上で作る!!

というトレーニング理念でやっておりました。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 18:09 | コメント(0)| トラックバック(0)

ちょっと下ネタ

香港でレースに参戦してすっかり香港自転車界の有名人になってしまった

私ですが・・・・。(最近生意気です)

最近そのおバカキャラとそのキレた走りから香港人から

 ソージャイ サンハオ 

と呼ばれるようになる。
意味はクレージーです。

だんだんみんなと馴れ合い話しをするようになるといろんな話題で盛り上がる。

男なら下ネタでしょう。

あるグループかこんな質問をうける・・・・。

日本のAVを持っているんだが、女性はなんて言ってるんだ・・・・。

なんか ダメ ダメ とか ヤマテ~ とか聞こえるんだがどういう意味だ?

そこで私なりに丁寧に説明するも・・・・、

どうしても やめて!! というのが ヤマテ~ と聞こえるらしい。

だがそれを教えたのが最後、話はあっという間に広がり、

レース会場で会うたびに ヤマテ~ とみんなから声をかられる、

挙句の果てには町でばったりあっても ヤマテ~ といわれる始末・・・・。

レース中は・・・・、アタックをかけようものなら
ダメ ダメ 、とか TTで抜かれ際に ヤマテ~ なんてね。

何気に場に合っている。

香港のエロ本業界は・・・・・、

モザイク無しのおっぴろげ~である・・・・、

ただ、エロさを感じない・・・・、

なぜ?というと、女性が単体でしか写ってないからである。

俗にいうカラミがないのです・・・・。

エロさでいえば日本のエロ本の方が断然エロい!!

モザイクがかかっていてもエロい。

だから日本のAVは人気があるのです。

香港のAVはどちらかというと日活ロマンポルノのような・・・。

いまいちエロさ不足です・・・、香港では洋物が主流でしょうか・・・・。

香港で最初に教えられた、というか注意された言葉は・・・、

日本語で言う はい! どうも~ です。

相手も日本人と分かっていれば問題ないですが、

普通にポロっとでてしまう事ががあります、

でも意味を教えられるとなんとも卑猥な言葉です。

香港では繁華街のあちらこちらで日本人の現地在住の人やら

観光客がこの言葉を乱発しております。

意味は・・・・・、

ハイ!が女性の○△×で ドウモ がそこに生える毛です・・・・。

町のあちらこちらで ハイ! ドウモ~・・・・・。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 16:13 | コメント(0)| トラックバック(0)

思い出のレース

思い出のレースシリーズ。

最近レースの話をしておりませんね~。

久しぶりに、レース話、

ワコールのスポンサーがつきそうなころ、走りにも気合の入り始めたころ、

あれはたしかAに上がる前だったけな~。

珍しく ウォン カン ポー がでてきて気合の入るレース、

たしかAクラスの方がスタートが先だっのか ウォン カン ポー  

が先に出て行ったと思う、

そのコースは初めてだったのでコースが解からなかった、

スタート前にジャイアンに

 「コース間違えると中国いっちゃうから気をつけろ」

なんて言われたが、ありえない話だが、実際国境に近いところでやっている

レースには変わりない。

スタートしていつものようにスルスル走る、4人くらいの逃げになり後続を離していく、

後半登りに入りしばらく様子をみてみる、

途中で香港車連の人が愛車のBMWを洗車していた・・・・、

ノンキな奴だね~

と思いつつ折り返し???してゆく・・・・、そうしてゴールラインを通過してもう

一周・・・・・、



ゴール地点より他の香港車連の人が何か騒いでいる???、

なんでAクラスのトップ集団(ウォン カン ポー )が来る前にお前らが

通過してんのだ???、

どうやらミスコースをしたらしい・・・・。

よりによってBMWを洗車していた奴の所で間違えたらしい・・・・、

ぶっ飛ばす!!

そのまま、怒りをぶちまけ、あたり散らす!!!

多分その間にウォン カン ポー は通過したらしいが。

怒りが収まらず、この怒りをどこにぶちまけるか、ヘルメットを思い切り投げ、

抗議の意味を込めコースにノーヘルで戻りまた走り始める、

完全にキレていて創造を絶するペースで走っていたと思う・・・・。

Aクラスの奴を、一人、また一人抜いていく、そうこうしているうちに、

サポートカーに付き添われた選手が目に入る