怪しい香港人の自転車日記 1994年から1998年まで香港に滞在し仕事の傍ら自転車レースに没頭する、当時を振り返る日記。AND趣味の自作パーツの製作日記

ツアーオブサウスチャイナシ-6



最終ステージのポイントレース、基本的に苦手だがある人物の一言により
ぶちかます。
シマノレーシングより2名の選手が派遣されていた。
一人は今西選手(現第二監督)一人は、うーん顔は有名なのだが
名前が一致しない、松井 久選手だったかな~
とにかくトラックレースが得意な選手です。
その選手が総合のポイントに絡んでいたらしく・・・、
「よし!君は今日逃げなさい!そしてポイントを荒らしなさい!」
と指令を受けた。同じ日本人であることと雲上人から指令を受けた事
に感激を受け無謀に逃げる事にした。
そんなこんなでレースはスタート、いつ逃げてやろうかと思っていたが
ワタクシせっかちでアホなので数週もしないうちにアタックをかけた。
最終日なので皆さんやる気がないのか数名しか追ってこない。
イノアックデキの新谷さんだったけな~、新保さんじゃないはず、
が逃げに加わり、モンゴル、中国、と香港の リョン チー ハンの
5~6人の逃げが始まった。
規則正しく先頭交代をし、ポイント付近では駆け引きがあるが永遠と
逃げ続けた、恐らく集団では藤野選手をはじめとする日本選手が睨みを
利かせていたに違いない。どちらにしても日本、香港にはおいしい展開。
途中のポイントも多分取れたと思いますが最後になるにつれ段々駆け引き
が始まる。がんばってはみたがやはり不得意分野なので段々きつくなる
遅れそうになる私に気合を入れてくれたのが以外にもモンゴルの選手、
鍛え抜かれた無駄のない筋肉が非常に美しかったと印象に残る選手でした、
しかし国の問題もあり、機材はその当時から更に10年も前の機材なので
一緒に走っているのが不思議なくらいでした。
途中、ボトル水を分け与えるなど美しいスポーツマンシップがあふれた
光景でした。
だが最終回、中国の選手が一気にペースを上げたためたまらず遅れる、
リョン チー ハンが待っててくれてはいたものの結局6位に終わった。
香港での自転車生活 | 投稿者 怪しい香港人 18:01 | コメント(0)| トラックバック(0)
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